クラシック音楽作曲家のオモテウラ~ちょっと寄り道コラム①~

練習曲の作曲家

ピアノを習い始めた頃、皆さんはどんな曲を弾いていましたか? ピアノに初めて触ったその日から、いきなりベートーヴェンのソナタやショパンのワルツを弾けたよ!という人はなかなかいないのではないかと思います。きっとまずドレミの場所を覚えて、片手ずつ練習して、そして慣れてきたら小さな「練習曲」を先生から教えてもらったでしょう。今回紹介するのは、そのような練習曲を作った作曲家たちです。ツェルニーやバイエル、ブルグミュラーは、ピアノを習っている私たちにとっては有名人です。でも、彼らが一体どんな人だったか…というのは意外と知られていないのではないでしょうか?

カール・ツェルニー/Carl Czerny(1791~1857年、オーストリア)

・・・オモテ
・・・ウラ
ツェルニーは練習曲100番、30番、40番、50番、60番などの、数多くの練習曲を残しています。皆さんもピアノの上達に応じて、先生から「今日は練習曲集の中のこの曲をやりましょう」というふうに教えてもらっているのではないでしょうか? 私もツェルニー30番や40番を子供の頃に一生懸命練習していたのをよく覚えています。
一般的に「ツェルニー30番」や「30番練習曲」と呼ばれている練習曲集を取り上げてみましょう。この作品集の正式な名前は《30 études de mécanisme》Op.849と言います。直訳すると「30の技巧の練習曲」となるでしょう。mécanismeつまり「機械的な」という意味の言葉が入っているので、なんだか退屈そうな反復練習を思いうかべてしまいそうですが、楽譜を見てみるとちゃんと強弱記号などがついていて、表現の仕方も学べる教材であることが分かります。各曲はシンプルで古典派の良さが現れ、ツェルニーがピアノを学ぶ人たちに手に入れてほしかった技術が詰め込まれています。ツェルニーの練習曲は、彼が生きた時代に発達してきていたフォルテピアノの弾き方や、ベートーヴェンのような古典派の音楽を学ぶための教材だったのです。

ツェルニーはベートーヴェンの弟子であり、リストの師匠でもありました。古典派の巨匠に学び、ロマン派の大作曲家を育てたツェルニーは、古典派とロマン派の橋渡しをした作曲家であり教育者だったと言えるでしょう。
日本では練習曲の作曲家として名が知られているツェルニーですが、実はピアノ・ソナタやピアノ協奏曲も数多く作曲しています。中でも《ピアノ・ソナタ第3番 へ短調》Op. 57は、音楽研究者から「優れた独創性を持つ作品だ」と認められることもあります。また、この作品には面白い秘密が隠されているのです。ツェルニーの師匠であるベートーヴェンのピアノ・ソナタの中でも傑作と名高いものに、《熱情》があります。このソナタの作品番号と調性は、ツェルニーのソナタ第3番とまったく同じ、「Op. 57 へ短調」なのです。ツェルニーがベートーヴェンのピアノ・ソナタを知らなかったはずはありません。ツェルニーの真意は定かではありませんが、ひょっとしたら同じ作品番号と調性のソナタで師匠のベートーヴェンに挑戦したのかも…?と考えることも不可能ではないでしょう。

♪《ピアノ・ソナタ第3番 へ短調》Op. 57/Piano Sonata No. 3, Op. 57

第1楽章では、激情があふれる部分と穏やかで朗らかな部分が対比され、魅力的な雰囲気を作り出しています。細かいリズムもたくさん出てくるので、技術的にもなかなか難しい作品であると言えるでしょう。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ《熱情》と比べて聴いてみるのも面白いかもしれませんね。
↓第1楽章

フェルディナント・バイエル/Ferdinand Beyer(1806~1863、ドイツ)


バイエルのピアノ教則本には、音階などの機械的な基礎練習や簡単な連弾曲、両手で弾く練習曲などが入っています。この教則本の面白いところは、まず連弾の曲から始まっているということです。皆さんが弾いたことのある他の作曲家の練習曲は、たいていは1人で弾くものが多いのではないでしょうか? このことには、バイエル自身のピアノを学んだ環境が影響していると考えられます。バイエルは小さい頃、オルガニストだった母親から教わってピアノを弾き始めました。きっとお母さんが和音で伴奏をして、その上でバイエルが最初は片手でメロディーを弾き、そしてだんだん両手で弾けるようになっていったのでしょう。そうです、バイエル教則本の最初の連弾曲にそっくりなのです。ピアノを始めたばかりの子供たちが、音楽好きのお父さんやお母さん、そして先生と一緒に楽しく練習することを想像して、バイエルはこの練習曲たちを作曲したのでしょう。
また、あまり有名ではありませんが、この教則本には付属の練習曲集もあります。この練習曲集には、教則本よりもちょっと難しくて、民謡のメロディーなどに伴奏をつけた作品がたくさん入っています。教則本でピアノの基本を学んだあとに弾く、お楽しみといったところでしょうか。日本で有名な童謡の「ちょうちょ」のメロディーが使われた曲も入っているので、もし機会があったら探してみてくださいね。

バイエルの教則本が現在でも盛んに使われているのは、実はほぼ日本だけです。バイエルが生きていたヨーロッパでは彼の存在はすっかり忘れられていて、かろうじて彼の誕生日や生まれた場所の記録が残っているくらいです。あまりにもバイエルが生活していた記録が残っていないので、一時はバイエルは実は存在しなかったのでは?、ツェルニーの偽名(ペンネーム)だったのではないか?とうわさされることすらありました。でも今ではきちんと研究されて、バイエルが実在した作曲家だったことが分かっています。
そのようにヨーロッパではあまり人気がなかったバイエルの教則本は、明治時代に日本に輸入されるとピアノ教材としてしっかりと定着しました。クラシック音楽を学ぶ音楽学校でバイエルの作品は使われ、それ以降ずっと日本ではピアノを始めたばかりの子がまず弾くのはバイエルとされてきたのです。また、面白いのがピアノ以外の分野にもバイエルが影響を与えているということです。皆さんは「○○のバイエル」というような名前がついた本を見たことがないでしょうか? ○○に入るのはピアノや音楽に全く関係ない言葉であることもあります。ピアノの教則本としてバイエルがあまりにも有名になったために、「バイエル=基礎のもの」というイメージが日本には広まっているのです。

♪《ピアノ奏法入門書(バイエルピアノ教本)》Op. 101よりNo. 60/Vorschule im Klavierspiel, Op. 101, No. 60

円を描くような音型を、右手と左手がかわるがわる弾くのが印象的な曲です。私がバイエルを弾いていたのはずっと昔の幼稚園の頃なので、今回久しぶりに楽譜を見て音を聴いていたところ、なぜかこの曲が一番記憶に残っていました。シンプルながらも妙に心に残る練習曲です。
バイエルは教則本以外にもピアノ曲をたくさん書いているのですが、驚くほどにピアニストの録音がありません…! インターネットに楽譜は載っているので、もし興味がある人は試しに弾いてみるのも楽しいかもしれませんよ。

↓こちらのサイトにバイエルの作品の楽譜がたくさん載っています。
IMSLP_フェルディナント・バイエル作品一覧

ヨハン・ブルグミュラー/Johann Burgmüller(1806~1874年、ドイツ→フランス)


ブルグミュラーはドイツで生まれ、パリで活躍した作曲家です。ピアノのための練習曲やピアノ作品、バレエ音楽などを作曲していました。彼が残した練習曲集で最も有名なのは、《25の練習曲》Op. 100でしょう。日本のピアノ教室でよく使われている教本の1つなので、皆さんもきっと弾いたことがあるのではないでしょうか? 各曲に「アラベスク」や「貴婦人の乗馬」といった題名がつけられていて、それぞれの題名がその曲の雰囲気をとてもよく表しています。ここまでで見てきた他の練習曲集の多くには、ほとんど題名がつけられていなくて、ちょっと味気ないな…と感じていた人もいるかもしれません。それに対してブルグミュラーの練習曲は、ピアノを始めたばかりの子が発表会で弾くのにぴったりの素敵な曲だらけです。このように、曲にその内容に合った題名をつけるという習慣は、ブルグミュラーが活躍したロマン派の時代によく行われたものでした。このような音楽を「標題音楽」と言います。今回見てきた練習曲たちは、古典派からロマン派に移り変わっていく時期に作曲されています。その中でもブルグミュラーの練習曲は、かなり「ロマン派的」なものだと言えるでしょう。

日本では練習曲の作曲家としてとても有名なブルグミュラーですが、実はヨーロッパでの知名度はそれほどではなく、父や弟の方が有名です。父であるヨハン・アウグスト・フランツ・ブルグミュラーはオルガニスト・ピアニスト・指揮者で、特にドイツの劇場で活躍していました。息子のブルグミュラーがピアノ曲だけでなくバレエ音楽も作曲していることには、父からの影響があるのかもしれません。
弟のノルベルト・ブルクミュラーはピアニスト・作曲家で、当時は兄よりも才能があると認められていましたが、持病のために26歳という若さで亡くなってしまいます。ノルベルトは、ロマン派の代表的な作曲家であるシューマンやメンデルスゾーンとの関わりがありました。シューマンは彼の早すぎる死を惜しむ文章を残しており、メンデルスゾーンは彼のために葬送行進曲を作曲しています。
このように、音楽一家の中で優秀な父や弟に囲まれていたブルグミュラーの音楽人生は、なかなかに大変だったのかもしれませんね…。音楽界で重要な地位についた父や、短いながらも華々しく活躍した弟に比べれば、ブルグミュラーの活躍は少し地味だったかもしれません。しかし、今日でも親しまれている素朴で魅力的な練習曲たちは、彼が残してくれた財産だと言えるでしょう。

♪《25の練習曲》Op. 100より/25 Études faciles et progressives, Op.100

〈アラベスク〉L’ Arabesque
「アラベスク」とは、イスラム教の美術で使われる幾何学模様のことです。日本の唐草模様を思い出してみるとイメージがわくでしょうか? ラシドシラ♪と円を描く音型は、まさに音でアラベスク模様を描いているようです。中間の部分では、最初の右手のメロディーが左手にも出てくるので、両手を同じように使うことの練習になるでしょう。

〈貴婦人の乗馬〉La Chevaleresque
馬に乗ってはずんでいるかのような、軽やかで愛らしい練習曲です。ころころと曲調が変わる上に、離れた鍵盤へ跳ぶ動きや、なめらかに弾かないといけない音階がたくさん出てくるので、ピアノの練習にもってこいの曲でしょう。私も小さい頃から大好きで、今でもときどきふと弾きたくなってしまう曲です。

小野寺 彩音

小野寺 彩音 (おのでら あやね)

岩手県出身。

東京藝術大学音楽学部楽理科を経て、同大学大学院音楽研究科音楽文化学専攻音楽学研究分野修士課程に在学中。
学部卒業時にアカンサス音楽賞を受賞。
大学院では「オペラにおける道化」についての研究を行うとともに、オペラ演出を学ぶ。

5歳からピアノを始め、現在はピアノソロ作品に加え、オペラ・アリアや歌曲、ミュージカル作品など幅広い年代の声楽作品の伴奏の研鑽を積んでいる。

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