全日本ピアノコンクール

内田瑠璃さん

一般U30の1位は、内田瑠璃さん。昨年春に宮城県仙台市にある常盤木学園高等学校音楽科を卒業、希望の大学への進学を目指す浪人中、全日本ピアノコンクールにエントリーしました。インタビューは、受験結果が出てから10日ほど経った日。春からの入学を決めたばかりで、ご実家のある宮城県から、明るく穏やかな表情でお話をしてくれました。

内田瑠璃さん

高校時代に比べて人前で演奏する機会が減ってしまったため、受験に向けできるだけ場数を踏みたかったという瑠璃さん。受験曲で参加できるコンクールを探していたので、全日本ピアノコンクールは地区大会から全国大会まで自由曲でエントリーできることも決め手となりました。
「本番で緊張するタイプ」ですが、地区大会からブロック大会と駒をすすめるうちに、「だんだんと本番との向きあいかた、マインドの作りかたがつかめてきて、全国大会はほとんど緊張することなく臨むことができました」。審査員からは「推進力のある演奏で、惹き込まれた」と高く評価されました。とはいえ瑠璃さん自身は「演奏自体は満足のいくものではなく、課題がたくさん見えた演奏だったので、結果には驚きが大きかったです」。それでも、時間が経つにつれて徐々に嬉しい思いが湧いてきたと言います。

この一年は、実家のある宮城県と東京とを行ったり来たりして過ごしてきました。高校卒業直前まで、合格していた都内の私立大学に進学するつもりでいた瑠璃さん。試験で自分の力を出しきれなかったことと、第一志望の東京藝大への思いが断ち切れず、一年間の浪人を決めました。ピアノはさることながら音楽にほとんど触れてこず、瑠璃さん曰く「楽譜も読めないほど」というご両親にとっても、音楽の道に進むための浪人は未知でしたが、「決めたことなら応援するよ」と背中を押してくれました。

ピアノを始めたのは、5歳の誕生日を迎えたころ。先にピアノを習っていた3歳上の兄の横で、練習の様子をずっと眺めていた瑠璃さん。兄の練習が終わると、電子ピアノの電源をつけ、自分なりに自由に指を動かして音を鳴らしていたと言います。「もともと好奇心旺盛でなんでもやりたいタイプですが、飽き性でなかなか長続きしない性格」。でも、ピアノだけは唯一、やめたいと思うことなく続けてきました。

発表会で兄と連弾

クラシック音楽に本格的に取り組むようになったのは、小学校5年生のころからです。その年にショパン国際ピアノコンクールin Asiaで銀賞を、翌年には金賞を受賞しましたが、その後は中学、高校時代を通して思うような結果を出すことができませんでした。本番で“悪い緊張”に支配され身体がこわばり、自分の演奏ができずに終わってしまう、そんなステージがほとんど。賞に入らなかったときはもちろん、それ以上に、賞をもらえても、自分の演奏ができなかったことで素直に喜べず、苦しい時期が続きました。

ここ数年は、メンタルや身体の使いかたについての本を読んだり、話を聞いたり、いろいろと試したものの「本番が怖い」と感じることが多く、「こんな状態でピアノを続けていていいのかな」と思ったこともありましたが、複数の先生に師事し、音の出しかたも含めさまざまなアドバイスを受けたことで不安は減っていきました。
高校時代は通学に往復3時間かけていたため、できるだけ無駄な時間は省いて練習時間を確保していましたが、卒業してからの一年は、学校に行かないぶん、ほぼ練習とレッスンの日々。じっくりと、曲や自分の演奏に向き合うことができました。

高校3年生の時、定期演奏会で

そんな中、瑠璃さんに変化が訪れました。コンクールで結果を出すことーーその大きな目標だけを意識しすぎると、それまでの遠い道のりが苦しくなってしまう。ただがむしゃらに本番に向かうのではなく、その大きな目標までの間にある小さな目標を一つひとつクリアして、その結果、大きな目標に到達すればいいのだ、そう考えるようになりました。そうした考えかたや気の持ちかたが、本番での緊張をすこしずつ“良い緊張”に変えていったと言います。進学のために設けた一年でしたが、瑠璃さんにとってこの一年は、「とても大きな意味がありました。得るものがたくさんあったので、必要な一年だったと感じています」。と同時に、今回久しぶりに結果を残すことができ、師事する先生たちやご両親へ「すこしは恩返しできたかな」。

「ピアノが好き。辛いことや苦しいこともあるけれど、その感情とも向き合いながら、これから先もずっと続けていきたい」と瑠璃さん。丸裸の感情を人にぶつけることは難しいけれど、ピアノはぶつけても受け止めてくれる。いちばん自分に寄り添ってくれていると感じます。「自分が経験したこと、得た知識一つひとつが、音楽に込められる。それはすごく素敵なこと。そう考えると、何が起きても、きっとこれは自分のものにできると前を向けるんです。そこが一番の魅力」。

瑠璃さんの大きな目標は、演奏家になること。特に、コロナ禍を経て「音楽がなくても生きてはいけるけど、音楽があることによって救われる人がいるはず。聴いてくださる方に、音楽の力を伝えたい」。その大きな目標までの間に、しっかり大学で4年間学ぶことが、目の前の目標です。一年間、浪人生活を経験したことで、学ぶことへの想いも強くなりました。「いまは、ただただ音楽を深く学びたい、音楽に関わりたい。もっと音楽に近づけるように。これから学ぶことが楽しみです」。

学びを深めて音楽に近づきたい

 

オンラインがつながった瞬間に、晴れ晴れとした雰囲気が伝わってきました。小さな目標を一つひとつクリアした先に、大きな目標の達成がある。それはどんなことにも通じることですが、小さな目標を多く積み重ねるほど、その先に達成できる目標はそれだけ大きなものになるはずです。まずは4年後、そしてその先に、どんな瑠璃さんの姿があるのか、楽しみですね。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは3月下旬に行いました。

全国大会での内田瑠璃さんの演奏はこちら