全日本ピアノコンクール

正田彩音さん

一般プロU30の部は、正田彩音さんです。3年前に東京音楽大学を卒業後は、ピアノ講師として働く傍ら商業施設で演奏するなど、プロとして活動しています。コンクール出場はかなり久しぶりだったとのことですが、審査員からは「確かで素晴らしいテクニック」と「強い意志や高い感性に満ちたエモーショナルな表現力」が高く評価され、1位に輝きました。

正田彩音さん

ここ2、3年は講師として指導する側に専念していたので、以前に比べて自分自身の練習時間がかなり短くなり、いまの自分の実力がどれくらいなのかわからない部分があったという正田さん。ひとりで向き合う状態が続くことで、演奏に癖や我が強く出過ぎたり、方向性が違ったりしているのではとの不安もありました。だから「今回トライしてみて、いまの自分の演奏を評価していただき、素晴らしい賞をいただけて、嬉しさとともに、安心感と、ほんのすこし期待が持てたように感じます」。全国大会のあとは、コンクールに挑戦できた充実感と、会場で思いきり演奏できた爽快感にあふれていたと振り返ります。

今回エントリーの決め手となったのは、動画審査があることや、審査に公平性を感じたこと。「なにせ社会人になってから我が強くなってしまって(笑)。あんまり全面的に評価できる演奏ではないと自覚しているので、今回のコンクールでは、自分なりにちゃんと形にしたものを出せて、それが観客に伝わって、審査員にもある程度許容していただけて、久しぶりに1位をいただけて……とても嬉しかったです。母はもっと嬉しかったんじゃないかな」。

全日本ピアノコンクールは、審査員からの講評も出場者から評判です。中には、用紙いっぱいに細かく丁寧に記入する審査員も。正田さんに対する講評も、多くの審査員がたくさんのコメントを残していました。「ありがたいお言葉しかいただかなかった。ただただ自己肯定感が上がるような講評で(笑)、次につなげられます」と喜びます。

正田さんは、3歳からピアノをはじめて、コンクールには幼少期からチャレンジしてきました。「母がピアノ講師だから、ピアノはやらざるを得ない環境だったんです(笑)。私は、長時間練習することにあまり苦痛を感じないタイプですが、小さいころに出場するコンクールというのは、正確さが問われることが多いので、寝ても覚めても同じように弾けることが大優先なところもあって……。でも、やるしかないから、己のアイデンティティを抑えつけられているようで、窮屈な思いをした時期がありました。そのことで忍耐力もついたけれど」。
だからと言って、コンクールに出たくないとは思いませんでした。「大きな会場で演奏して、ありがたくも結果が出たこともあって、その達成感が好きだったんじゃないかな。それは、いまでもコンクールに出続ける理由だと思います」。またコンクールは、審査員はもちろん聴いてくれる人が一定数いるため、「絶対に聴いてくれるという保証があるからこそ、自分をさらけ出せる。それが好きなところでもあります」。

現在は音楽事務所に所属していて、商業施設などで演奏することもある正田さん。ポップスなどクラシック以外のジャンルも経験したことで、心境に変化があったと言います。「譜面に書いてあることをどれだけ精巧に精密に自分のものにしていくかというクラシックと、楽譜そのものを自分で作り上げていくようなポップス。まったく違う領域にあって、まったく別の能力を必要とするので、取り組むときにすごく戸惑いました。こういう世界もあるんだと視野が広がった反面、二十数年ずっとクラシックをやってきたから、自分の得意分野はクラシックだと気づかされて……」。久しぶりに本気でクラシックに向き合いたい、そう思ったことも今回の挑戦につながりました。

自分自身が指導する立場でもある正田さんは、教えることもまた、まったく別の能力が必要だと感じています。「老若男女あらゆる世代の生徒さんを指導しているのですが、それがすごく面白くて。何も知らない方にどうやって一から奏法を伝えるか、ある程度弾けている方にはどうやったらはやく弾けるか、楽に弾けるか、と具体的にわかりやすく伝えられるか。伝わったときに、これでよかったんだ、と自分の奏法を確信できます」。それはまさに、自分自身の授業。さらに、指導している内容をヒントに、脳内で自分自身が取り組む曲を少しずつ組み立てていき、休日に一気に仕上げるという作業を繰り返すことで、少ない練習時間を有効活用しています。

大学時代からソロピアニストとしてやっていこうと、海外のコンクールにも挑戦してきました。「大学の授業がある期間でも、これを逃したら一生行けない、と思ったら行動に移していました」。自身のことを『孤独のピアニスト』と称しているのは、「協調性がないから(笑)。それに、これしかできないから、演奏だけはナルシストでありたい。言葉で自分を表現するのは得意ではないけど、演奏だけは中途半端ではなく、自分はこうなんだ、と伝えられるといいな」。

イタリアでコンクール出場
ホストファミリーと

スペインで講習会参加
学校に向かう道中

 現在は、YouTubeやSNSでも積極的に発信しています。苦手なジャンルですが、「このままだと、せっかく自分がこれまで二十数年培ってきた技術が無駄になってしまうから、自分なりの方法でやってみようと思って」。こうした発信も、正田さんにとっては発想の転換が必要でした。自分の持っている技術を、ふだん音楽に触れていない人にどう伝えられるか、そのことを主軸に取り組んでいます。

「ピアノは、できる限り、需要がある限り、弾いていきたい」と正田さん。「コロナがおさまってきたので、頃あいをみて海外のコンクールにもまた挑戦したいし、後進の指導も広げていけたら。今後は、その二方向で考えています」。

活動の場はさらに広がる

 

笑いの絶えない、楽しいインタビューでした。謙虚さのなかに意志があって、冷静さのなかに情熱がある。そんな人柄が、審査員から高評価を受けた演奏にも表れているのだと思います。この春もツアーに出かけるなど、精力的に活動している正田さん。日本、海外、SNSで。たくさんの人が正田さんの演奏を耳にすることのできる機会が、これからますます増えていきそうです。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは3月下旬に行いました。

全国大会での正田彩音さんの演奏はこちら