全日本ピアノコンクール

田澤晴美さん

一般プロO56の部1位に輝いたのは、田澤晴美さんです。全日本ピアノコンクールには、第一回目の開催から3年連続で出場しています。師事する下田幸二先生からの勧め、公平性の高いコンクールであること、そして何より田澤さんの強い思いが、エントリーへと気持ちを向かわせてきました。

田澤晴美さん

田澤さんは、今回の全国大会での演奏を「パーフェクトではなかった」と振り返ります。「うまく弾けなかったところがあって。それ以外は普段どおりだったけれど、自分としては許せなかった」。だからこそ「結果を見たときは信じられませんでした。一位をいただいたのは人生で初めてなので、とても嬉しく光栄です」と喜びがあふれます。

全日本ピアノコンクールは、たとえば結果について、地区大会から通して点数のみならず情報が公開されている点や評価項目が細かい点が、ほかのコンクールとは違うと田澤さんは感じています。また、「手元に届く講評がとても丁寧で、新しい発見や励みにつながっていた」と言います。

第一回目の全日本ピアノコンクールは部門数が少なく、田澤さんはプロアマの区別がなく若い世代とも同じ部門でのエントリーとなりました。その年に優勝したのが、田澤さんが師事する下田先生のお弟子さん。演奏曲も田澤さんと同じ、シマノフスキ作曲「シェヘラザード」でした。「そのときは、わたしなりに一生懸命取り組んだけれど、十分ではないこともわかっていたから。彼女の演奏を聴いて、余計に、そこで諦めずにもっと上を目指したいと思ったんです」。なんとしても全国大会で「シェヘラザード」を演奏して結果を出したいと臨んだ三回目でした。「熱心に指導してくださった下田先生にも、すこしは御恩返しができたかなと思います」。

師事する下田幸二先生と

以前はひとりで練習していましたが、5年前にはじめてリサイタルを開催することになったとき、人づてで紹介してもらったのが下田先生です。ピアノ講師として活動している田澤さんにとって、それまで客観的な視点から学べる機会はそう多くありませんでした。人に教えることと、自分が人前で演奏すること。そのための練習や積み重ねは、まったく別ものです。そこにはとても大きなエネルギーが必要ですが、田澤さんは、チャレンジすることは大事だと考えています。

下田先生と出会ったのは、上達にも限界を感じていた時期でした。「ダメなものはダメとはっきりおっしゃるし、小さなお子さんに教えるのと同じように丁寧にしっかり教えてくださる。いい年をしてすこし恥ずかしかったけれど、一から学び直すことができました」と田澤さん。「それに、できたときには誉めてくださる。いくつになっても誉められるのは嬉しいものです」と、先生からの叱咤激励の繰り返しが、今回の結果につながったと感じています。

田澤さんがピアノをはじめた子どものころは、コンクールに出場するのはごく限られた人たちで、ピアノを習う一般的な生徒がコンクールに出場することはほとんどなかったと言います。だからこそ、今こうしてチャレンジすることで「まだまだ自分に伸びしろがあったんだと気づくことができました素晴らしい先生に出会って、指導を受けて、目標を持つことによって、自分のなかに隠れていたものが現れてくる。レッスンに行くたびに発見があるんですよ。それが結果に結びついたり、誰かに感動を与えたりできるのは、この上ない喜びです」。コンクールに挑戦しはじめて10年ほどですが、自分の理想の演奏に近づくことや、聴いてくださった方から思いもよらない嬉しい感想を聞くことが、モチベーションになっています。

母校で招かれ演奏

普段は、自宅でピアノを教えている田澤さん。両親の介護があるため、日中レッスンができる大人の生徒さんが中心です。お母さんが元気だったころは、田澤さんの身の回りのことをすべてサポートしてくれていました。ここ20年ほどは、田澤さんがお母さんの介護をしてきましたが、12月の全国大会の結果を待っていたかのように、年が明けて1月に亡くなりました。介護で思うように練習できず苦しかったこともありましたが、「いい結果を報告できてよかった。それが、いつも愛情を注いでくれた母へ、最後にできたことです」。

いい報告ができたことは最後の親孝行

田澤さんが感じるピアノの楽器としての魅力は、「音色と表現力の広さ」。演奏する立場からの魅力は、「年齢関係なく上達することができるし、続けることができる。それにひとりでも演奏できるし、他の楽器とも共演できるし、伴奏もできる。そうした幅の広さ」。

今後はリサイタルを開きたいと考えている田澤さん。「今回結果を出せたことで、プロフィールにも箔が付きました。笑 コンクールが一段落したので、今はリサイタルに向けてプログラムの準備を進めています」。もちろん、ピアノはこれからもずっと続けていきます。

ピアノを続けることに年齢は関係ない

品のあるお話しぶりの中に終始熱い気持ちがあふれていて、聞いているこちらが刺激されるようなインタビューでした。年齢を重ねても、まだまだ新しい自分を見つけることができる。それは、生きることの楽しさでもあります。素敵な、そして心強いお話を、ありがとうございました。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは3月下旬に行いました。

全国大会での田澤晴美さんの演奏はこちら