全日本ピアノコンクール

小窪晶子さん

20年のブランクから復帰し、見事に一般プロU55の部で1位となった小窪晶子(こくぼあきこ)さん。自宅や出張レッスンで生徒さんにピアノを教えながら、自らも学び直したいとコンクールに再挑戦。母業に、先生業にと多忙な中、自宅のレッスン室からオンラインでインタビューに答えてくれました。

クラシック音楽好きだった両親の影響で3歳からヤマハ音楽教室でピアノを始め、6歳から本格的にピアノの道に進みたいと桐朋学園大学音楽学部附属子どものための音楽教室に通いました。そして、岐阜県立加納高校音楽科へ進学。

もともとコツコツ練習するのが苦手ではなかったという小窪さんですが、高校時代は朝7時には登校して1時間半ほど朝練をして、放課後は脇目も振らず帰宅して練習する、という毎日を送っていました。

そして、今も師事する山上明美先生に教えを乞いたい、と神戸女学院大学音楽部音楽学科を受験します。ピアノ専攻で修士課程までの6年間学び、20代前半までは青春を楽しみつつも音楽に明け暮れる日々を過ごしました。

大学は音大ではなかったので、様々な友達ができて、多様な考え方や価値観に触れることができたことが大きな人生経験になりました。またプロテスタントの大学で、キリスト教学の授業があったことは、今になって音楽の糧になっていると感じることが多いそうです。

ディーナ・ヨッフェ先生も恩師の一人

大学院卒業後はフランス留学も果たしますが、体調不良により志半ばで帰国。神戸に戻ってきてからは、大学で仕事をしていました。そして結婚・妊娠・出産を機にピアノからは一時遠ざかります。

20年近く経ち、お子さんの中学受験が終わると、少しずつ生活も落ち着き、自分の時間が持てるようになったという小窪さん。2022年から自宅でピアノ教室を再開し、自分ももう一度学び直したいと山上先生に相談したところ、コンクールに出場することをすすめられました。

「先生の全てが大好きで、本当に憧れてやまない」と小窪さんが言う高校時代からの恩師、山上先生には月に2度、レッスンしてもらっています。細かく学ぶところの多い充実したレッスン内容はもちろん、柔らかく優しい先生の音楽性や、エネルギッシュで美しく華やかなその人間性にも惹かれているそうです。

20234月、大阪市のいずみホールでの演奏会

コンクール出場は20年ぶりだったため、まず人前で演奏する緊張感が最初のハードル。また、「学生の頃とは異なり、大人の部門は18時半や19時に受付、20時近くに演奏といった遅い時間帯だったのも慣れなかった」とギャップを感じることもありました。

母親業との両立も大変です。自宅マンションでは朝9時から夜21時までしか弾くことができないので、朝のうちに手早く家事を済ませ、夕方自分の生徒さんが来るまでの間に56時間ほど集中して練習。コンクール前はそれ以外の時間帯にもできる限り練習しますが、家族が在宅していれば何かと用事ができたり、食事の準備をしたり、と学生時代のようにピアノだけに集中できない環境であることには苦戦しました。「やっぱり母親としてのことが最優先ですので。それでも家族の夕飯の準備をして、冷蔵庫のカレー温めて食べてね!じゃあコンクール行ってきます!みたいな感じでした。」

ですが、小窪さんが練習室にこもっている間はそっとしておいてくれるなど、家族も協力的です。

そんな多忙な中、2023年は1年間に5つの大会でファイナリストに選出されるという快挙。全てのファイナルで、メトネルの『忘れられた調べ 第一集 op.38-7 「森の舞曲」』『忘れられた調べ 第二集 op.39-3「春」』の2曲を演奏しました。

最初は「春」が小窪さんに合っている、と山上先生にすすめられたのが選曲の理由だったそう。小柄で手も大きくはない小窪さんは、軽やかで明るい音色が持ち味。まさに「春」は冒頭からキラキラッとした旋律が特徴的です。

メトネルは初めて挑戦する作曲家だったので、まず時代背景などを調べるところからスタートしました。複雑なポリリズム、「春」の軽やかで舞うような音の運びといった技術的な面はもちろん、曲の精神性も追求して練習を重ねました。

そうして迎えたファイナル本番での手応えは上々。自分の出番の前に何人か客席で聴いて、神奈川県立音楽堂のホールの響きに合わせたペダリングや鳴らし方などに留意して落ち着いて演奏に臨めました。「メトネルは、1曲目の暗い森のイメージと、2曲目の花が舞い散るような春のきらびやかさや旋律の輝きという対比を意識して、楽しく弾けました。弾き終わった後にも充足感があり、すごく気持ちよく演奏できたと思います。」それでも1位になれるとは思っていませんでした。

審査員からの講評には「情景が思い浮かび上がってくるよう」「メトネルへの愛情を感じられる演奏」といったコメントがあり、「それが伝わっていたのならとても嬉しい」と語ってくれました。

自然の景色を写真におさめたり、鳥の声を聞いたり季節を感じる花々を眺めるのが好き

「一通り弾けるようになって、そこからさらに曲を深めていく段階が一番大変」とのことですが、行き詰まった時には家族とお出かけするのが息抜きになるそう。自然が大好きなので、季節の花を見て写真におさめたり、鳥の声を聞いたり、そこから演奏のインスピレーションを得ることもあります。

また、美術館も好きでよく足を運びます。今回のドビュッシーでも、印象派の絵画の色彩感覚から音色のヒントを得るなど、息抜きのはずが気付くと結局、演奏のことを考えてしまっている小窪さんなのでした。

美術館巡りも趣味の一つ

そして今感じている課題は、基礎からのやり直しと本番での安定感だそう。

まだ復帰2年生。20年近くあったブランクを取り戻すため、今は古典やバロックなど基礎から再度取り組んでいます。

また、実は「本番での波がある」ので、自分の気持ちが安定していないと実力を発揮しきれないと実感しているそう。どんな会場でも、どんなピアノでも、動じず演奏するためにどんどん舞台に出ていきたいと考えています。

最後に、「これからも常に自分の音楽を、精神性の部分まで深く追求していきたいです。今まで応援してくれた両親や家族への感謝を忘れずに、人の心に届く演奏ができることを一番大切に、そして尊敬する先生やピニストの先輩方のように大好きなピアノをずっと続けていきたいです」とピアノへの熱い想いを語ってくれました。

今後は室内楽や、オーケストラとコンチェルトの共演も予定している小窪さん。大学時代にずっと勉強していたという大好きなシューマンにも取り組みたいし、リサイタルもまた開催していきたい、とピアノへの夢と想いは膨らむばかりです。これからも、小窪さんならではの音楽性や表現を深く追求していく姿を見せてください。

文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
インタビューは202410月初旬に行いました。