全日本ピアノコンクール

名取陽菜さん

大学・院生の部、最優秀賞は、東京音楽大学4年(出場当時)の名取陽菜さんです。大学院の入試や卒業演奏会など多忙な中、大学生活最後となる本コンクールで見事1位を獲得。これから大学院への進学を控えた春休みのある日、インタビューに答えてくれました。

名取陽菜さん

名取さんがピアノと出会ったのは、3歳頃。お母さまがピアノを習っていたこともあり、自宅にはごく自然にピアノがある環境でした。最初は本格的なレッスンではなく、通っていたリトミック教室の中で、遊びの延長としてピアノに触れたことがきっかけだったそうです。

「リトミックの先生がレッスンの終わりに少しピアノを教えてくださる時間があって。それがとても楽しくて、家でも母に簡単なことを教わりながら自然と弾くようになりました」

その後、お母さまの知り合いの先生を紹介してもらい、4歳頃から本格的にレッスンを受け始めたことで、ピアノとの関係がより深くなっていきました。「書道や水泳など他の習い事もしていましたが、最後まで続いたのはピアノだけでした」。

その後、高校の音楽科に進学した名取さん。当初は、学校の音楽の先生になりたいという夢を持っていたそう。小学校の時に出会った熱心な音楽の先生に憧れを抱き、音楽教育に携わる道を目指していたのです。

「私の通っていた高校では、教育大進学向けのコースと音大進学向けのコースに分かれていました。私は勉強も大切にしたかったので、教育大向けのカリキュラムを選びました」。ところが高校に入って音楽を志す仲間が増え、高校2年の終わり頃、日々のレッスンやアンサンブルを通して『伴奏』という音楽の面白さに目覚めたことから教育大ではなく音大進学の道を意識し始めます。

「それまでは合唱の伴奏しか経験がなかったのですが、高校ではソロの器楽や声楽と合わせる機会が増えて、新しい発見がありました。とある先生から“コレペティトゥア(※)というお仕事もあるよ”と教えていただいて、ますます伴奏ピアニストへの道に魅力を感じるようになりました」。そこで、大学院に伴奏研究領域のある東京音楽大学への進学を決めました。

東京文化会館での卒業演奏会にて、同級生であるトランペット科の佐々木有里さんの伴奏を担当

名取さんが東京音楽大学を目指した理由のひとつに、ピアニスト・吉田友昭先生の存在もあります。高校2年の時に、京都で偶然聴いたコンサートに出演されていた吉田先生の演奏に心を打たれ、「この先生に習いたい」と強く思ったそうです。

また、菊地裕介先生との出会いも大きな転機となりました。大学入学前に大阪で開催された特別レッスンに参加し、「魔法のような言葉で導いてくださる先生」だと感動したと語ります。「“こう弾いてごらん”ではなく、“この部分のこういうところがいい”と、私の音楽を引き出してくださるんです」。入学後は、吉田先生、菊地先生、そして2年次には浜野与志男先生の指導も受けながら、技術と表現力を磨いてきた名取さん。浜野先生は、体の使い方など表現や技術の以外の面でも多様な学びを与えてくださるだけでなく、名取さんが伴奏やアンサンブルに取り組みたいということを覚えていて室内楽の演奏の機会を度々与えてくださるのだとか。「大学4年間、自分のピアノをここまで磨くことができたのは、3人の先生方のおかげだと感謝しています。」

名取さんの音楽との付き合い方は、日常生活にも深く溶け込んでいます。移動時間には楽譜を見ながら音源を聴いたり、作曲家や楽曲の背景に関する文献を読んだりするようにしているそう。「吉田先生のレッスンでは、いつも“この曲は誰のために書かれたか”や“どういう時代に生まれた曲なのか”を教えてくださるんです。それを知っているだけで、演奏の深みが全然違ってきます。でもまだまだ勉強が足りていないので、実技と座学をバランスよく保てるようになりたいです」とストイックな一面を覗かせます。

北欧の作曲家、グリーグの曲を演奏する際、埼玉県のトーベ・ヤンソンあけぼの子どもの森公園でイメージを膨らませた

ですが大学での4年間は、決して楽しいばかりだったわけではありません。ソロだけでなく伴奏や室内楽にも取り組む中で、同時に抱える楽曲数が膨大になってしまった時期がありました。「自分は同時進行で物事を進めるのは得意ではない」とのことで、途中で挫折しそうになったことが何度もあったという名取さんですが、なんとかこなして本番をやり遂げる度に達成感や自信を得てきました。

「ロボットは完璧で同じ演奏ができますが、その時にしか生まれない音楽があるのが人間だからこその魅力だと考えています。本番のたびに、“今日のここ、面白くできたな”とか、“今日はこういう演奏ができたな”とか、演奏の中で新しい発見があるんです。だからこそ、続けてこられたんだと思います。」

大学4年間の集大成として臨んだ今回のコンクールでは、卒業試験でも演奏したF.リストの歌劇『ファウスト』のワルツ S.407を選びました。「リストはすでに一度仕上がっていた分、さらに高い完成度が求められたのが難しかったです。一方、課題曲のバッハは2月中旬の卒業試験が終わった直後から取り組み始めて、本当に時間との勝負でした」。バッハについては、演奏当時の楽器(チェンバロやオルガン)を意識し、現代のピアノでもそれを表現できるよう、ペダルの使い方や音色作りに工夫を凝らしたそう。「レッスンでは、“テンポの揺らし方”や“時代背景を感じさせる表現”について多くのご指摘をいただきました。特にペダルの使いすぎで現代風になってしまわないよう、気をつけました」。

でも何より、「大学生活最後のコンクールなのだから、とにかく楽しもうという気持ちが大きかった」と名取さん。審査員の講評を読んで、「自分の表現したかったことが伝わったことが嬉しかった」と笑顔を見せてくれました。

大学卒業後は、4月からは東京音楽大学大学院の伴奏研究領域に進学します。声楽や器楽とのアンサンブルをより専門的に学び、言語や呼吸法、楽器の特性など、伴奏者に求められる多様なスキルを磨いていく予定です。すでに伴奏コンクールにも挑戦しており、「今後もソロの勉強と並行しながら、自分の表現の幅を広げていきたい」と語ります。

「大学時代は先生はもちろん、同級生の仲間たちにも支えられてきました。頑張っている姿に刺激をもらったり、“伴奏お願いできる?”と声をかけてくれたりしたおかげで、今があります。演奏のお仕事はお互いの信頼関係や人とのつながりが何より大切だと思っているので、今後も一つ一つを大切にして過ごしていきたいです。」

将来について尋ねると、はっきりと答えてくれました。「今後は4年間学んだ技術を活かして、より伴奏の専門性を高め、将来の仕事につなげていきたいです。また、ソリストの方が思うように演奏でき、その魅力を引き出せるような伴奏者を目指していきたいと思っています。」

これから名取さんがピアニストとして、伴奏者として、どのように成長していくのか目が離せません。

※コレペティトゥア…オペラの練習時にピアノの伴奏を行う伴奏ピアニストのこと。伴奏だけでなく、オペラ歌手への指導まで行う場合もある。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
インタビューは20253月中旬に行いました。

 

全国大会での名取陽菜さんの演奏はこちら