F級1位
松本晴香さん
F級1位の松本晴香さんは現在、今回の演奏曲を作曲したシマノフスキの故郷、ポーランドで生活しています。 コロナ禍でなかなか思うように行き来できないなか、コンクールにエントリー。 インタビューにも、日本とは8時間の時差がある現地からオンラインで答えてくださいました。――留学先にポーランドを選んだのはどうしてですか?
松本さん:文化とか音楽のことですごく興味を持っていて、大学2年生ぐらいの時に、大学卒業後どうしようか、留学への憧れもあるけれども国も決めていなかった時に、たまたまポーランドへのレッスンを受けるセミナーを受けて、その1回のセミナーで決めて、大学卒業後すぐにポーランドに来ることになって。その1回の滞在ですごく魅力的な国で、受けた先生は今も習っている先生なんですけれどもすごく素敵な方で、「もう絶対ここに決めよう!」と思ったんです。
――そのセミナーというのは何日間ぐらいだったんですか?
松本さん:2週間ぐらいですね。その間で5回レッスンがあって。
――それは今の大学に?
松本さん:そうです。
――他にもう選択肢はなく、一本に絞ってという感じですか?
松本さん:本当は他の国も見て、行ってみてというつもりだったんですけれども、あまりにもフィットするというか、あまりにも魅かれるものがあったので、ポーランドでとすぐ決めて…。
――音楽的にというのはもちろんそうですけれども、具体的にはどんなところがマッチしたんですか?
松本さん:国民性もわりと日本の感覚と似ているというか、どこか控え目で、でも言うことははっきり言うところもあるんですけれども、そういうフィーリングも合ったり、あとすごく緑が多いところで、今住んでいるところもすごく都会のほうなんですけれども、大きな公園がたくさんあったりとか、動物とかもいたりとか。
――野生の?
松本さん:そうです。リスとか結構いるんですよ。日本でなかなかそういう体験もできなかったり。あと物価が安いんですよ。
――意外!高そうなイメージですけれども。
松本さん:ユーロではなくて、ズウォティという通貨なんですけれども、すごく安くて。
――生活はしやすそうですね、学ぶことを目的にする場合は。
松本さん:はい。
――でも、ご家族の皆さんも、もちろん応援はされていると思いますけれども、距離もあるからちょっと寂しいななんていう思いもあるんじゃないですか?
松本さん:あまり言葉ではお互いに言わないですけれども、結構こまめに連絡は取ったり、あと桐朋は高校から行ってたんですけれども、家は大坂なので、もう高校生、大学生と、そのあとすぐポーランドに来たので、割とお互いこの距離感に慣れていると思います。
――高校時代は桐朋の音楽科ですよね、どこかに下宿していたんですか?
松本さん:学校が持っていた寮みたいなところで。
――でも、ポーランドはすごく環境が良さそうですね。
松本さん:はい。
――ショパンの出身国でもありますし、音楽が身近だとか、クラシック音楽にみんな親しんでいるとか、そういう国全体の雰囲気というのはあるんですか?
松本さん:そうですね。まわりで音楽をまったくやっていない同年代の子、普通科の学校に通っている子でも、ピアノとかクラシックのコンサートに気軽に、自分から興味を持って行く人がすごく多いなと思いますね。だから、割とまわりでも音楽全般に興味があるとか、「あの曲が」と曲の話をしても、「ああ、あれね」とわかってくれる人が結構多いなと思います。
――そういう意味では、日本なんかに比べると音楽がすごく身近にあるものなのかもしれないですね。今は大学で学位とか単位を取るということではなく、レッスンを受けるために通っていらっしゃるということですね?
松本さん:はい。
――どれぐらいのペースで行ってらっしゃるんですか?
松本さん:1週間に1回受けています。
――それ以外の日はどういうふうに過ごされているんですか?
松本さん:週に1回のレッスンのために海外に来てピアノにフォーカスを当てることは人生の中でなかなかできないと思うので、今はひたすらレパートリーを増やそうと思っていろんな曲を探したり弾いたりしています。
――自主練習じゃないですけれども、一人でピアノに向き合ってということですか?
松本さん:はい。
――どれぐらい練習をするんですか?
松本さん:子どもの頃は長くたくさん弾けたんですけれども、最近は割と短時間でグッと詰め込んで弾くことが多いので、少なくて3時間ぐらい。ギュッと短いけれども、中身の濃い練習をと思って取り組んでいますね。だから、朝から夜まで弾き込んむようなことはしていないですね。
――小分けに合計3時間というのではなくて、3時間まとめて?
松本さん:もうギュッと。
――そこだけ集中して。
松本さん:そうです。

――いまはどんなところに住んでらっしゃるんですか?
松本さん:今住んでいるのは、大家さんが日本人の方のお家で、1フロア家の中に部屋が空いているからということで、住まわせてもらっています。3年間、ポーランドに来てからずっと。
――グランドピアノも置いて?
松本さん:そうです。
――音が出てても平気な環境なんですか?
松本さん:そうですね。ここの家は幸い今まで何も言われたこともないです。さっきもお話したとおりぐっと短く練習するので、あまり夜中までガンガン弾くことがあまりないということもあると思うんですけれども。でも他の留学生は割とそういうトラブルは多いみたいですね。壁の向こうから「うるさいよ!」ってガンガン叩かれたりという話を聞いたことがありますね。
――お住まいの場所は住宅街なんですか?
松本さん:一軒家の多いエリアですね、割とそういうエリアが少ないみたいで、ポーランドは。アパートがボンボン建ってるような所が多いみたいなんですけれども、この辺はいわゆる閑静な住宅街みたいです。
――でも、日本の住宅地と違ってお家同士が密接でということではないんですよね、きっと。空間が割とあるんですよね?
松本さん:そうですね。あまり文句も言われなければ、自分が何か困ったりとかもまったくないので。
――今、後ろに緑が見えているんですか?
松本さん:そうです。おっきい木がたくさん立っていて、クリスマスツリーみたいなのが。
――そうですね。もみの木みたい。
松本さん:真冬に雪が降るとすごく素敵で。
――天然のクリスマスツリーですね。
松本さん:はい、そうなんです。
――この先はずっとポーランドにいらっしゃる予定なんですか?
松本さん:そうですね、今のところ来年はとりあえずいようかなと。まだ、先生とのレッスンをここで受けていたいので、そのつもりでいますね。
――その先生とのレッスンは期限があるわけではないということですよね?
松本さん:ないです。自分が希望すればどれだけでも受けていられるという。
――なるほど。今年は思わぬ形でコロナの影響もあって、なかなか日本との行き来も難しかったと思うんですけれども、海外からチャレンジしてくださった方、他の級でもいらしたんですけれども、オンラインでのコンクール、しかも前例のない初めてのコンクールだったので、受けようと思ってくださったきっかけといいますか、後押しとなったことは一番どんな部分ですか?
松本さん:きっかけというか、魅力的だなと思ったところはまず、審査員の先生方が素晴らしいピアニストの方々ばかりだったことです。そういったピアニストの方々に自分の演奏を聴いていただいて、講評までいただけるということは、なかなかないことだと思うので、そこがまずきっかけになったというか、最も魅力的だなと思ったのと、もう一点が普通に録音して送って、結果をもらってというだけではなくて、本選ですけれども、ライブで配信されたりとか解説、先生方のコメント付きで動画公開というのがすごく画期的だなと思って、受ける演奏者側もそうですけれども、エントリーされていない方とかもすごく楽しめるというか、すごく勉強になる点だなと思ったのがきっかけですね。
――初めてだしよくわからないしどうかなという警戒よりも、面白そうだなという思いの方が勝ったという感じですか?
松本さん:もうかなり。
――そうなんですね。嬉しいです。今まで動画審査という形でポーランドから日本のコンクールにチャレンジしたことはあったんですか?
松本さん:今まではなかったですね。
――すると、本選まで終えて、実際の手ごたえとしてはいかがでしたか?
松本さん:本選は、自分の中では満足した演奏が出来たと思っていましたが、初めて受ける録画でのコンクール、公開ではないコンクールで、マイクにどのように音が拾われているかなかなか想像出来ず、結果を確認するまでは緊張していました。
――ポーランドにいらしたこれまでの3年の間にも、他のコンクールにはエントリーされてたんですよね?
松本さん:ポーランドに来てからも演奏する舞台はあったんですけれども、コンクールというのはポーランドでは受けたことがなかったんです。ポーランドに来てからは、日本に帰るたびに今まで受けてこなかった日本のコンクールを受けることが多かったんですけど、それも予選も本選もホールへ行って実際に弾いてというものばかりだったので、録画してコンクールに提出するというのは今回が初めてでした。
――撮影するときの苦労はありましたか?
松本さん:サロンを借りて録ったんですけれども、どのくらいの広さで、音量で録れるか、サロンの選び方、どんなピアノが置いてあるかとか、そういう録音環境を結構考えましたね。今までそういう経験がなかったので、どういうふうに撮ればきれいに、なるべくリアルな音が録れるのかなということは考えました。
――どなたかに聴いてもらったりしたんですか?
松本さん:日本に帰ってから録ったんですけれども、母親についてきてもらって、ビデオを押す係はやってもらいました。
――そうだったんですね。でも、「こういうふうにしたほうがいいんじゃない?」ということはなく、ご自分の判断で、これでいこうという感じでしたか? あまり撮り直しもなく。
松本さん:1回だけ撮り直したんです。だから、2回弾いたんですけれども、2回目弾いた後にエネルギーがなくなったので、もうこれで出そうと思って。
――確かにエネルギー使う1曲ですね。
松本さん:そうですね。
――今回、もうお気付きだと思うんですけれども、本当にシェヘラザードを弾いた方がたくさんいらして。
松本さん:そうですよね。
――E級1位の方もこの曲でしたし、F級だけでも今回本選に出場された方でも3人ぐらいいらしたので、審査員の皆さんもすごくびっくりされてたんですけれども、
松本さんはなぜこの曲を選ばれたんですか?
松本さん:この曲は大学を卒業する時に卒業試験で弾いた曲なんです。そのあと弾いたり弾かなかったりはあったんですけれども、卒業の時に弾いて初めてシマノフスキという作曲家に触れて、すごく魅力的というか、今までにないような作品を書かれている作曲家で、あの一曲を弾いただけで、すごく虜になったというか魅了されたんです。シマノフスキはポーランドの作曲家なんですけれども、大学卒業後にポーランドに行くとその時はもう決めていたので、ポーランドでもっともっとシマノフスキの他の曲も学ぼうと思って。今も他の曲も含めて学んでいて、そういう意味ですごく思い入れのある、シマノフスキが今すごく好きな作曲家の一人なんですけれども、そのきっかけになった一曲なので。
――大学の最後にシマノフスキと出会った、そのきっかけは何かあったんですか?
松本さん:先生に何を弾こうか相談をしたらいろんな曲を出してくださって、聴いてすごく素敵な曲だと思って、一瞬で決めました。
――弾いていてエネルギーを使うっておっしゃっていましたけれども、他の作曲家と違う部分はどんな部分ですか? 演奏している側として感じる部分は。
松本さん:個人的な意見ですけれども、色とか映像が出やすい曲といいますか、エネルギーを使うといっても、体力的にすごく激しい曲という意味ではなくて、どれだけ入り込めるか、シマノフスキのあの幻想的な、魅力的な世界に入り込むかがすごく大事だと思うので、そういった意味ですごくエネルギーを使うんですけれども。
――ポーランドに行って、その部分は深められましたか?
松本さん:そうですね。公開レッスンも含めて、ポーランドに来てから今まで何人かの先生にシマノフスキを見ていただいたんですけれども、全員シマノフスキがすごく好き、「シマノフスキいいよね」という先生がすごく多くて、レッスンを受けていても独特の雰囲気、艶やかさとか、そういったものをレッスンですごく教われるので。なので、ポーランドの先生に学ぶシマノフスキというのが自分にとっては特別で、ただテクニック、「ここはこうやって弾きなさい」とかじゃなくて、物語のように話してくださる先生が多くて、例えば王様がここで怒って歯がガタガタ鳴る音が聞こえてとか、ここではお姫様が歌ってとか泣いていてとか、そういうことを言ってくださるので、そういった感性が今までなかったといいますか、なかなか自分で生み出せなかったので、そういう独特なうたい方とか感覚をポーランドでは結構教わることができたと思います。
――新たな魅力をどんどん知れている感じですね。
松本さん:そうですね。
――動画も公開されていますけれども、他の方が弾いているシェヘラザードもご覧になったりしましたか?
松本さん:はい、観ました。
――どうでしたか?
松本さん:どの方も本当に素晴らしい演奏で、同じ曲なのに一人ひとりの感性というか、感覚・解釈が変わるので、同じ曲なはずなのに良い意味で全然別の曲を聴いているみたいな感覚で、すごく面白かったですね。いろんなシェヘラザードを聴けたなと。
――その点は最初に画期的というふうに言ってくださいましたけれども、なかなか普段のコンクールだとその時だけの演奏ですから聴き比べといったことはなかなかしづらいですよね。そういうところに、このコンクールの意味というのがあったらいいなと私たちは思うんですけれども、どうでしょうか?
松本さん:演奏する側としてもそれはかなりありますね。E級でシェヘラザードを弾いた方もそうですけれども、自分の級以外の人の演奏は特になかなか普段聴かないので、だから小学生の子の演奏も聴けたりして、本当に興味深いというか面白かったです。先生方のコメント付きの動画も、またもう一回観て、例えば自分が子どもの頃に弾いていた曲を、小学生の子が弾いていたりするのを、コメント付きの動画を観て、なるほど、こういうふうに弾くんだなと改めて勉強にもなったり、自分がこれから弾きたい曲を演奏なさってた方の動画も観て、これはこういうふうに弾くんだなと勉強にもなったりするので、弾くだけではなくて後にいろいろなことが学べるので、他の方の演奏を通して勉強できるのがすごくいいなと思いました。
――良かったです。ありがとうございます。他の級も観てくださったというのがすごく嬉しいですね。
松本さんは何歳からピアノを始めたんですか?
松本さん:4歳からやっています。
――やっぱり4歳からは多いですね。
松本さん:そうですね。周りを見ていても多いですね。
――今回6部門あったので、6人の方にお話を聞いていますけれども、ほとんど皆さん4歳ですね。
松本さん:そうなんですね。
――不思議なぐらいですけれども、松本さんはどういうきっかけだったんですか?
松本さん:ピアノを始めたきっかけですよね。
――自分でやりたいとおっしゃったんですか?
松本さん:たぶんそうだと思います。気付いたらずっとピアノを弾いていたみたいな感覚だったので。
――お家にピアノがあったんですか?
松本さん:そうですね。ピアノがあって、母親がピアノを習っていたみたいで。姉が一人いて姉はもう今はやっていないんですけれども、ヴァイオリンをやっていて、妹である私はピアノをやってみたいな。たぶんですけれども、何か楽器を触ろうと、そこからだと思いますね。そこからレッスンを受けていって、ずっと弾いて今に至るという形ですね。
――お母さまは音大の卒業生なんですか?
松本さん:いいえ、音楽大学ではありません。
――じゃあ、あくまで習い事として、ピアノに触れていたということ?
松本さん:はい。
――お家にあったのはアップライトのピアノだったんですか?
松本さん:そうですね。最初はアップライトですね。
――それで4歳から始めて、その頃から例えばコンクールにチャレンジしていたんですか?
松本さん:5歳、6歳となるにつれて、どんどん子どものコンクールに出ていましたね。
――初めてエントリーしたコンクールというのは何だったんですか?
松本さん:毎日こどもピアノコンクールです。
――そうなんですね。でも、記憶としてはそれぐらいの感じなんですね。
松本さん:そうですね。結構コンクールを受けていたんですよ、子どもの頃から。今はあまり受けないですけれども、本当によく受けていたので、何歳でどれを受けたかもう覚えていないぐらい、たぶん受けていたと思います。
――それはお教室の先生から勧められて?
松本さん:そうですね。
――先生というのは、近くのお教室の先生ということですか?
松本さん:はい。習い始めた4歳からは、家から近い教室の先生に習っていて、7歳か8歳の時に今回審査員をされている下田先生のレッスンを受けられるコースが楽器屋さんであって、「それを受けてみたら?」と言われて。なので家からすぐの先生と下田先生とお二人のレッスンを受けていて、今でも下田先生にはお世話になっているんです。
――今も日本に帰国された時には下田先生のレッスンを受けるんですか?
松本さん:はい。今も日本に帰った時は見ていただいています。
――それ以外の先生にはついたんですか?
松本さん:それ以外は大学の時に習っていた先生にも、ときどき日本に帰って先生のご都合が合った時には見ていただいています。
――なるほど。最初はアップライトのピアノとおっしゃっていましたけれども、グランドピアノも割と早い段階でお家に導入された感じですか?
松本さん:そうですね。初めて受けたコンクールで最優秀賞をいただいて、それをきっかけに先生からの勧めもあって買ったと両親から聞いています。
――ご両親の中で「ちょっとまだ早いんじゃない?」というのはなかったんでしょうか?
松本さん:なかったですね。逆にすごく前向きというか。
――それは
松本さんもグラインドピアノで弾きたいという思いがありました? 7歳、8歳ぐらいだともう自主性というか、だんだん芽生えてくる頃かなと思いますけれども。
松本さん:そうですね。たぶんその頃にはもう、この先ピアノで生きていくと。ピアノが好き嫌いという以前に、ピアノがあること、ピアノを弾くことがだいぶ当たり前になっていた頃だと思いますね。
――4歳から始めて 3年、4年ぐらいですよね?
松本さん:そうですね、はい。
――そこまで身近にというか、感じられたのはどうしてだったんでしょうね? やっぱり弾いていて楽しかったとかそういうことですか?
松本さん:そうですね。それが最もですね。弾いていてとにかくピアノも好きだし、練習するのもわりと好きだったので、はい。
――今は集中して練習をとおっしゃっていましたけれども、小さい時は長く練習していて、お家にいる間ずっと弾いているような感じだったんですか?
松本さん:小学生の時はみんな遊びたい気持ちもあったり、遊びに誘われたりもあったんですけれども、でもレッスンもあったり、コンクールもあったり、あと発表会もあったりするので、あまり遊ばないでわりと家で練習することが多かったかなと思います。
――遊びなんかよりもピアノが一番と思えたということですよね?
松本さん:その時は何でみんな遊んでいるのに遊べないんだろうと思ったんですけれども、だけどそれでもピアノの練習をやめてまで遊べなかったので、ピアノが好きという思いのほうが強かったですね。でも、遊びには行きたかったです。
――それはそうですよね。小学校・中学校というのは、学校は音楽が専門ではなく?
松本さん:普通科の学校です。
――高校は音楽科の高校に通うわけですけれども、小さい頃からピアノでやりたいという思いがあって、もう迷わずという感じだったんですか?
松本さん:そうですね。何の迷いもなく。大坂から東京に出ることへの抵抗がなかったのかとよく聞かれるんですけれども、そういうこともあまりなくて、親もどうぞ行きなさいという感じだったので、あまり不安なくすぐスッと行きましたね。
――15歳ぐらいではまだまだ親御さんの下でいたいなという思いもあったんじゃないかなと思うんですけれども、そういう寂しさみたいなのはそんなになかった?
松本さん:そんなになかったのと、学生寮に入ったので、すぐ誰かに会えたりとか、周りで仲良かった子もみんな遠くから一人で出てきている子が多かったので、だからたぶん大丈夫だったのかなと。
――同じ境遇ですもんね。
松本さん:そうですね。
――その寮というのは何人ぐらいの生徒さんが住んでいたんですか?
松本さん:高校生と大学4年生まで住める所だったので、100人くらいの、結構大きな建物で。
――そんなに! そこでもちろん練習室みたいなのもあるんですか?
松本さん:すごく狭い部屋に自分で大坂からグランドピアノを運んで入れて、だからすごく狭い部屋にグランドピアノとベッドを置いて、もう他はほとんど何も置けないみたいなところで。
――それは皆さんそういう感じなんですか?
松本さん:はい。
――一部屋自体がもう防音室になっているということですか?
松本さん:そうですね、はい。
――すごいですね、さすが。すごく順調にきているような感じなんですけれども、挫折とか壁にぶち当たったりしたことはなかったんですか?
松本さん:大きな壁というのはなかったかなと思いますね。行きたかった高校・大学に行けたこととか、ポーランドに来られたことも。でも、ものすごくあがるんですよ、あがり症で。だからコンクールとか人前で弾く前は風邪をひいたりとか、お腹がすぐ痛くなったりとか、メンタル的にもすごく不安になったりするんですよ、毎回。今でもそうなんですけれども。学生の時は、その不安な思いを抱えたまま表に出て、ガタガタで弾いて、あとで後悔するということが多かったんですけれども、ここ数年は本番前、舞台袖でナーバスになることは変わらないんですけれども、あれだけ弾き込んだから大丈夫、あれだけ練習を重ねたから大丈夫と思えるぐらい、本番前に弾き込んだらわりと楽になって、本番でもあがるけれども、そこまでパニックになったりということが前よりはだいぶなくなりましたね。

――今もステージに立つこともあるんですよね? コンクール以外でコンサートとか。
松本さん:はい、あります。
――ポーランドでもありますか?
松本さん:そうですね。最近だと、ポーランドの田舎のほう、真ん中あたりにアントニンという場所があるんですけれども、村といいますか。そこに宮殿のような建物があって、そこで毎年音楽祭みたいなものがあるんです。そこで、各ポーランドの有名な音楽大学から数人、計5~6人ぐらいが集まって演奏する機会があって、日本ではなかなか宮殿みたいな所で弾くことはないですけど、そういう所で弾かせてもらったり、あとは大学内ですかね、コンサートで弾いたりとか。
――それは選抜されるということですか?
松本さん:そうですね。そのアントニンの音楽祭などは選んでもらって。
――学生というか、レッスンを受けに行くという立場ですけれども、それでもそうやって大学の代表として行くということなんですか?
松本さん:そうですね、はい。先生に選んでいただいて。
――すごいですね。
松本さん:いえいえ。学内でも、今はコロナでなかなかないですけれども、去年までは結構頻繁に公開レッスンがあって、いろんな国から先生が来られるんですけれども、そういうときにも選んでいただいて、弾かせていただいてます。
――そうですか。すごい。今いらっしゃる大学というのは音楽の専門大学なんですよね?
松本さん:今いる大学は音楽の大学です。
――学生として入学したというわけではなくて、先生についてレッスンを受けているということですね?
松本さん:扱いは学生になるんです。学校の中に大学と大学院、あと博士号を目指すとか、その中に研究科という部門があって、その研究科にいるんですけれども、それがレッスンを受けるだけのコースになります。
――それは単位とかを取ったりするわけではないんですよね?
松本さん:そういうわけではないですね。
――卒業を目指すということではないんですよね?
松本さん:ではないですね。
――ピアノだけではなくて、いろんな楽器の科があるんですか?
松本さん:そうですね。でも、ピアノが多いですね。
――何人ぐらいいるんですか?
松本さん:研究科だけだと、はっきりとはわからないんですけれども、たぶん20人か30人か、そのぐらいですかね。大学院のほうは100人、200人単位ではいると思いますね。
――さきほどの壁の話ですが、そうすると、緊張するというところを乗り越えたと。やめたいと思ったことはなかったんですか?
松本さん:子どもの頃はさっきも話したとおり、みんなが遊んでいるのに遊べないのでモヤモヤするというか、ピアノがなかったら今頃遊べてるのにみたいな思いはやっぱりあったんですけれども、それも年を重ねるにつれて自然となくなっていったので、本当に壁という壁はたぶん…そんなに波乱のない人生というか。
――コンクールで結果が残せなかったとか、そういうことはありませんでしたか?
松本さん:それは多々ありますね。ものすごくたくさん練習をした時のコンクールで、あまり良い結果が残せなかったときは特にすごく悔しいのもあるけれども、何とも言えない思いにはなりますけれども。でも、わりと切り替えが早いほうというか、子どもの頃からそうなんですけれども、嫌なことがあっても、ずっと悩んでいないですぐうまくいくように頭の中を転換するので。だから、たぶん他の人から見たらすごく大変そうとか、壁に当たってそうとか思われていても、自分では気付いていないとか、嫌なことがあってもすぐ忘れて次に、とやれるのかなと思います。
――そうなんですね。今までのコンクールで一番良かった成績、大きい規模だったり格式が高かったりというコンクールでの受賞歴は、どんなものがありますか?
松本さん:最近だと、ショパン国際ピアノin ASIAのコンチェルトB部門でファイナル、アジア大会で銀賞を取ったことです。結果もそうですけれども、その時に弾いたショパンの協奏曲2番が子どもの頃かずっと今もすごく好きな曲だったので、その曲を弾けたことと、そのコンクールのファイナルがポーランドのカルテットの人と一緒に弾くという審査だったんですけれども、そういう経験もできたという意味で、自分の中で最近の大きなコンクールだったかなと思います。
――それはいつですか?
松本さん:第18回と書いてある。ポーランドに行く前、大学3年生。
――3、4年前ということですね。
松本さん:はい。
――それは自分の中で納得した演奏で、それに納得できる結果が得られたという感じですか?
松本さん:そうですね。金賞は取れなかったんですけれども、自分の中で満足のいく、それこそあまりあがらずに家で弾いているようにリラックスして弾けたという意味でもいいコンクールだったなと思います。
――でもホールですよね?
松本さん:そうです。
――それでも家で弾くようにリラックスできた?
松本さん:そうです。
――すごいですね。
松本さん:ずっと子どもの頃から好きで、ずっと聴き込んで、いろんな人の演奏も聴いていたという意味でも、安心感というか絶対弾ける、というものがたぶん自分の中にあったので、不安があまりなかったですね。やっぱり好きな曲となると、あまり不安なく弾けるので。
――練習量は嘘をつかないというか、自分を裏切らないというようなところはありますか?
松本さん:はい、かなりありますね。

――今後はまだ帰国の予定も立てていらっしゃらないということなんですけれども、どんな将来像を描いていらっしゃるんですか?
松本さん:ポーランドの作曲家がすごく好きで、ショパン以外の作曲家もすごくたくさんいるんですね。日本では演奏会でもあまり触れることがないと思うんですけれども、ポーランドに来てからいろんな作曲家がいて、いろんな作品があるということをすごく学んだので、ポーランドのたくさんの作曲家をもっと学んで、勉強を重ねて日本に帰って演奏会などを通していろんな方にポーランドにはこういう曲もあるんだ、こういう雰囲気なんだというのを触れていただけたらなと思っています。
――ポーランドを知ってもらうきっかけづくりができたらということですね。
松本さん:そうですね。
――ソリストとして、ピアニストとして生きていく感じですか?
松本さん:そうですね。ピアノ演奏もそうですし、ピアノの先生という教える側もこれからできたらなと思っているんですけれども、まだ勉強が不十分なので、ポーランドで将来のために勉強を重ねていきたいと思っています。
――まずは自分がいろいろ得てからという感じですか?
松本さん:はい。
――誰か目標にするような人とか、憧れている人はいますか?
松本さん:高橋多佳子さんはずっと子どものころから憧れですね。
――なるほど。ご家族の皆さんは、今の松本さんのご活躍についてどんなふうにおっしゃっていますか?
松本さん:eコンクールで1位を取れたことは、家族みんなすごく喜んでくれて、親とか兄妹とかも案外私の演奏をリアルタイムで聴くとか、特にコンクールの演奏を聴くということがなかなかないので、あとからでもオンラインで聴けるのがすごくいいと。「こんなふうに弾いたんだ」と言ってくれて、すごく喜んでくれています。
――ご家族皆さんきっと嬉しいでしょうね! ポーランドへ行っても活躍されているから。
松本さん:そうだと私も嬉しいです。
――今日は長々とありがとうございました。
松本さん:ありがとうございました。
ピアノを通して、日本とポーランドの橋渡し役となる。ステキな夢ですね。ポーランドの魅力をたくさん教えていただける日を楽しみにしています。