一般O56の部の1位は、久保井稔(くぼいみのる)さんです。久保井さんは、普段は福岡県の博多学園博多高等学校で理科教諭として勤務。ピアノのレッスン歴は子どもの頃から合わせて延べ7年のみという驚きの経歴です。お仕事終わりの久保井さんに、オンラインでお話を伺いました。
久保井稔さん
「最初は17年くらい前に冗談で地元のコンクールに出場したことがきっかけだったんです。その時の結果は予選落ちでしたけど、審査員特別賞をいただいて」と照れ笑いしながら語ってくれた久保井さん。その時味わった、心地よい緊張感と充実感の中で音楽を奏でられる幸せが忘れられず、数年前からピティナに入会して検定を受けたり、コンクールに出場したり、50歳を過ぎてから様々な挑戦が始まります。そして、7年前にとあるコンクールで全国3位を受賞したことにより、ピアノ熱が更に上昇しました。
北九州市の「永楽寺 清水分院」にあるイタリア製ファツィオリを試奏
驚いたのが、本格的にレッスンを始めたのがわずか3年前とのこと。小学校の低学年で2年、高学年から中学で2年と子どもの頃にはレッスンについていた時期もあるそうですが、それ以後はほとんどピアノを弾く機会はなかったそうです。大人になり、「子ども達のピアノのレッスンに付き添っているうちに自分も弾きたくなってしまって」と、いつの間にかお子さんよりご自身の方がハマってしまったそう。
お仕事が忙しく、「ほとんどピアノを触る時間が無い」という久保井さん。普段は譜読みしたり通勤途中に曲を聴いたりしながら曲を研究し、一念発起してコンクールに出る時には早起きして朝1時間弾いてから出勤するなど、隙間時間を使って効率よく練習をしています。インタビュー時も「今ちょうど中間テストの採点で忙しい期間なのですが、別のコンクールのファイナルを1週間後に控えているので、1日2時間くらいは練習しています」とやはり忙しそうでした。
ピアノの上が愛猫のお気に入りの場所だそう
今はお子さんも独立され、久保井さんが弾いていない時間、ピアノは3匹の愛猫コタツ、キャタツ、キャベツの棲み家になっています。また、今は亡き1匹目の愛猫コテツはピアノに合わせて歌う音楽好きの猫だったそう。今の猫達もピアノを弾き始めると逃げてしまいますが、嫌がってはいない様子です。3匹の愛猫とゆっくり過ごすのも癒しの時間ですが、実はピアノ以外にも釣り、畑仕事、手芸、料理など多趣味。セーターを編んでお友達にプレゼントすることもあるほどの腕前です。でも何より、誰もいない空間で1人、自分のためだけにピアノを弾くのが心地よい時間。そんな時はショパンがぴったりだそうです。
現在師事している先生とはピティナを通して知り合いました。「先生というよりコーチ」という関係性だそうで、バッハや対位法など基礎的なことはしっかり教わりつつも、「こう弾きなさい、ああ弾きなさい、というより自由に弾かせてくれて寄り添ってくれるところが自分に合っている」のだとか。室内楽や連弾、2台ピアノ、先生の伴奏でコンチェルトを弾くなど、1人で弾いていた頃より演奏する曲の幅も広がり、「完全に沼にハマりました」。
レッスンは基本的に月2回ですが、いつも楽譜にびっしり書き込みが入り、宿題も多いので、次のレッスンまでに自分で消化するのも大変なほどの濃厚さです。ですが、独学でやっていた頃と比べて回り道が減り、コンクール前は指導してくれる以上に元気づけてくれる先生の存在にとても助けられています。
とある大会の受賞者コンサートでの演奏
今回演奏したクライスラー作曲・ラフマニノフ編曲『愛の悲しみ』は弾けるようになるまでに半年ほどかかり、今もまだなお進化中とのこと。3拍子のワルツに乗るのが難しく、「音が多いのでもう少し整理が必要」とコンクールの講評でも、師事する先生からも指摘されているそう。インタビュー時も複数のコンクールでファイナル出場が決まっており、まだまだ精度を上げていきたいと意気込んでいます。
還暦を迎えたばかりの久保井さんは、数を絞りつつ今後もコンクールには挑戦していきたいと意欲的。2024年の本大会では一般プロの部でエントリーしているそう。「まぁ、ファイナル出場はなかなか難しいとは思いますが、今はそれを目標にして頑張っています」。
コンクールで知り合ったピアノ仲間の中には、『ショパン国際ピアノコンクール アマチュア』の本選に進んだ方もいるそうで、そうした良い刺激を与えてくれる全国の仲間と出会えるのもコンクールの魅力です。「もともと冗談でコンクールに出始めたので、冗談で自分もいつか一度くらい国際コンクールで海外に行けたら」と500円玉貯金も始めました。また、「まだ難しくて無理だけど、大好きなブラームスの後期の作品をいつか弾いてみたい」と夢が膨らみます。
地元ではボランティアでリサイタルも開催
そんな久保井さんですが、実は昔の怪我で左手の薬指が動かしづらく、また3年前くらいからは右手の3、4、5の指が痙攣して思うように動かなくなってしまう時があるとのこと。それでも「おかげで弾けない曲が増えてしまいましたが、弾き方や選曲などいろいろ工夫してそれっぽく弾いているので、十分楽しいです」と前向きです。
インタビューの中で度々「楽しい」「楽しみたい」という言葉を口にされていた久保井さんですが、そうしたピアノを、人生を楽しもうという姿勢が演奏にも表れているのかもしれません。還暦を過ぎた久保井さんの挑戦はまだまだ続きます。
※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは2024年10月初旬に行いました。