一般U55の部の1位は、上川路智美(かみかわじともみ)さんです。医師のお仕事と、9歳のお子さんの母親とを両立させながらのコンクール挑戦は本大会初出場で1位。お仕事がお休みの日に、オンラインでお話を伺いました。
上川路智美さん
結果を受けて「自分ではあまりよく弾けなかったので、信じられない気持ちでした」と上川路さん。「細かい音の強弱や拍の捉え方など、自分の中でうまくいかなかったと思った部分がいくつかあり、まだまだ改善の余地がある演奏」だったとコンクール当日を振り返ります。
お母様のすすめで4歳から高校生までピアノのレッスンに通っていました。ピアノを弾くことは大好きで、小学3年生の頃から年に一度はコンクールに出場していましたが、「当時は入選するかしないかくらいで、コンクール自体もあまり好きではなかった」そう。子どもの頃は練習好きとは言えず、一つの曲を掘り下げて弾くのも苦手でした。「飽きっぽいので、どんどん新しい曲に取り組むというか、譜読みが好きだったんです。譜読みしただけで弾けた気になってたんですけど(笑)」と10代の頃のご自身について語ります。
中高生の頃、音楽の道に進むことも頭をよぎったそうですが、就職氷河期だったこともあり、将来の仕事として考えた時に厳しいと判断。医学部へ進学し、音楽は趣味でやっていこうと決めます。特に医師として働き始めてからは忙しく、なかなか余暇の時間が取れませんでしたが、それでも好きな時にピアノを弾いて楽しんでいました。
ピアノの発表会の様子
転機となったのはお子さんを妊娠した際。腱鞘炎になってしまい、2年間ピアノを全く弾けなくなってしまったのです。「ピアノが弾けないことがこんなに辛いなんて、と初めて気づきました」。お子さんが産まれて手首も治ってきた頃、ちょうど以前師事していた先生との再会もあり、7年前にレッスンを再開します。弾けない辛さを知ったからこそ、ピアノに対する向き合い方が以前とは全く変わりました。
「ただ譜読みして弾く」のではなく、1曲を深めて演奏することに取り組み始め、師事する先生のすすめにより、再びコンクールにも挑戦し始めます。
上川路さんが今回選曲したのは、ブラームスの『ピアノソナタ第 2 番 Op.2 嬰へ短調 第 1 楽章』。実は高校2年生の時に一度弾いたことのある曲だそうですが、再度取り組み直してみることにしました。魂の叫びのような重く激しい曲がお好みとのことですが、先生からは「さっぱりしすぎていて物足りない」と何度も指摘されました。「以前はいかに何も考えずに弾いていたかを今になって痛感します。一つ一つの音をイメージしながら弾くことの大切さと、練習することのおもしろさを今になって感じているんです」と、自分自身の取り組み方の変化について語ります。
それでもまだ今は発展途上だそうで、曲を深く掘り下げて弾くということについて、一歩一歩少しずつ理解していっている最中です。
麻酔科医として勤務する現在の職場。後方の真ん中が上川路さん
週3日、病院の手術室で麻酔科医として働く上川路さん。仕事がお休みの日も、9歳のお子さんの子育てや家事などで忙しそうですが、「ピアノだけじゃないのが自分の強みと思っている」のだとか。普段の練習は、集中して1セット1時間を平均1日に1回か2回、コンクール前は3回できればいい方だそうですが、その傍ら考え事をしながら洗濯物を干したり、お子さんが学校から帰って来たら話をしたり、仕事に行ったり、その生活スタイル自体が良い気分転換になっているといいます。
同じく医師のご主人も多忙ですが、お休みの日にはお子さんを連れて2人でお出かけしてくれるので、その間に上川路さんは家のことやピアノの練習に集中できます。
小学3年生のお子さんと。子育てのため週3日の時短勤務
お子さんもピアノのレッスンに通っていますが、「自分ほどはピアノが好きではなさそう」とのこと。自宅での練習もお子さんはサイレントモードでしているため、年1回の発表会でしかお子さんの演奏を聞く機会は無いそうです。
今後については、「今のペースで、仕事をしながら隙間時間に練習して、体が動く限り、可能な限り、続けていきたいです」と上川路さん。
「自分の納得のいく演奏をすることはなかなか難しくて、何度舞台に立っても反省ばかりです。でも、少しずつ確実にレベルアップはできていると思っています。掘り下げて弾きたい曲はまだまだたくさんあって、1曲仕上げるのに何年もかかることを考えると、やりたい曲を全部やるのに一体何年かかるんだろうって思いますが(笑)」。
仕事、育児、家事、ピアノ…マルチタスクをこなしながら、音楽に真剣に向き合い直す姿が印象的で、言葉の端々からも充実感が滲み出ていました。今はリストの『死の舞踏』に取り組んでいるとのこと。複雑で難しい曲をどのように掘り下げていくのか、今後のさらなる上川路さんの成長が楽しみです。
※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは2024年10月初旬に行いました。