一般プロU30の部の1位は、齊藤優奈(さいとうゆうな)さんです。一度は一般大学に進学したものの、その後、再受験して、現在は京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻の4年生として在学中。以前から挑戦してみたかったという全日本ピアノコンクールですが、これまで都合があわず、今回念願の初出場で1位に輝きました。
今回の受賞を受け、「思いがけない結果でしたが、とても嬉しかったです。大学に入り直してからずっともがいてきましたが、日々試行錯誤しながら音楽に向き合い続けてきた結果、目に見える形でこのような賞をいただけたことは、とてもありがたく幸せなことだと思います」と喜びを語ってくれました。
ピアノを習い始める前、まだ好き勝手に鍵盤を触っていた2歳の頃
お母様が自宅でピアノ教室をしていたこともあり、幼い頃から日常的にピアノに触れる環境にあった齊藤さん。2歳頃からお母様が少しずつ手ほどきをしてくれ、4歳から本格的にピアノの先生に師事するようになりました。幼稚園の頃から、当たり前のように毎年コンクールに出場。妹ともピアノデュオをするなど、「高校生の頃までは生活の中でピアノがかなりのウェイトを占めていました」。
家族との時間も大切にしており、特に妹とは大の仲良し
高校3年生での進路選択の際、受験直前まで音楽大学か一般大学かで迷いました。音楽の道に進みたい気持ちはあったものの、当然易しい世界ではありません。本当に自分が常に強い気持ちを持ってその道でやっていく覚悟はあるのか、悩みに悩んで結局は一般大学への進学を選択します。その時に思い悩んだことも、とても苦しく辛い経験でした。
しかし、いざ上京して大学生活がスタートしてみると、高校生までのピアノが中心といってもいいような生活とのギャップに違和感を覚え始めます。「それまでと比べて、少しピアノとの距離が遠くなった生活を送る中、ふと、いつもピアノのことを考えている自分に気が付きました」。ピアノと少し離れてみてようやく、齊藤さんはやっぱり自分は音楽をしたかったのだと自覚したそうです。
そこで、音大を再受験することを決意。地元・広島に戻って、小嶋素子先生の元で学びます。毎回刺激になるレッスンや、時には厳しい指摘をしてくださるだけでなく、高校生のころ進路に悩んでいたことや、音大受験の準備期間で精神的に辛い時も、全てを丸ごと包み込んでくださるような小嶋先生のことは「ピアノだけでなく人生の師匠でもある」とのこと。「先生との出会いは人生の宝物です」と、その信頼の強さを語ってくれました。
小嶋先生とは、今でも連絡を取り合ったり、帰省した時にはレッスンをしていただいたりと良い関係性が続いています。京都で出演する演奏会において、たった10分程度の齊藤さんの出番のために聴きに来てくださったこともあるそうです。
2024年夏、フランスのニースにてステューデントコンサートに出演
そして1年後、無事、京都市立芸術大学に合格。一見、回り道をしたようにも見えますが、「一度別の道を選んだからこそ、どんなに大変なことがあっても音楽、そしてピアノを好きな自分の気持ちが揺らがないことに自信が持てるようになりました」と齊藤さん。その経験こそが「どんな困難でも乗り越えられる」と思う心の支えになっています。
「今、自分の心に響く曲を選ぶようにしている」という齊藤さんが今回弾いたのは、ドビュッシーとラフマニノフ。特にラフマニノフは以前から大好きな作曲家です。今回弾いた『ピアノソナタ第2番 変ロ短調 Op.36(1931年版)』は、高校生の時にやりたいと当時の先生に相談したけれど「ちょっと早いかな」と言われ断念した曲で、いつか弾きたいと思っていた曲でした。
ラフマニノフの音楽には、他の作曲家の音楽とは違う、何か独特の感情を呼び起こされるものがあるそう。齊藤さんが聞いたところによると、ロシアには“TOCKA(タスカー・トスカ)”という独特の概念があるらしく、日本語訳するならば憂鬱、憂愁、絶望、また郷愁、憧れ、未だ見ぬものへの魂の探求、などの解釈があるそうです。「どこか寂しいけれど心地よい、故郷を偲ぶ気持ちというか、昔を懐かしむ気持ちというか、そういうラフマニノフの音楽の中にあるTOCKAに私の心が共鳴しているのかもしれません」。
読んだ・観た作品を記録して、感じたことや考えたことをそれぞれ文章に記録している
読書家の面も持つ齊藤さん。文章を書くのも好きで、日々自分が考えたこと、感じたことだけでなく、読んだ本、観た映画などのレビューも書き留めています。そうしてその時に考えていることを文字にして残しておくと、ふと読み返した時に「あの曲のあの部分ってもしかしてこの感情なのかな?」と後で表現のヒントに繋がることもあるそう。
普段は、平均して毎日6時間ほどピアノの練習をしますが、弾いていない時間もそのように音楽のことを考える時間を多く持つようにしています。そういう時間を多く持てば持つほど、表現を深められると考えているからです。
今後については大学院進学も含めて検討中とのこと。将来は音楽を生業としたいと考えていますが、具体的なイメージについてはまだ構想中です。「その時その時の自分のこうしたい、という思いや直感、人との出会いを大切にして生きていけば、道は拓けるはず」と齊藤さんは力強く語ります。
今は、音楽や曲に向き合う時間が年々好きになっていることを実感しているそう。「終わりやゴールというものはなく、深めれば深めるほどいろいろなものが湧き出てきたり、見つけられたりする可能性があるということ。一生、音楽と向き合える日々を送れたら幸せだと考えています」。
読書家なだけあって、自分の考えや感情を言葉に紡ぐことにも長けている齊藤さん。お話を伺っていて、「考える時間」をとても大切にされているという印象を持ちました。音楽に対して技術面だけでなく、感情的かつ文学的に曲の解釈を深めていくスタイルで、齊藤さんがどのような将来を切り拓いていくのか、今後が楽しみです。
※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは2024年10月初旬に行いました。