クラシック音楽作曲家のオモテウラ~ちょっと寄り道コラム②~

オペラの作曲家

みなさんは「オペラ」を知っているでしょうか? ピアノを習っているみなさんの中には、なかなかなじみがないという人も多いかもしれません。ひょっとしたら、学校の音楽の授業でちょっとだけ見たことがあるよ!という人もいるでしょうか。オペラとは、簡単に言うと「歌で物語が進んでいくお芝居」のことです。舞台上で、オペラ歌手たちは役になりきって登場人物たちの気持ちを歌います。舞台と客席の間にはオーケストラが入るための一段下がったスペースがあり(これをオーケストラ・ピットと呼びます)、そこで指揮者や弦楽器・管楽器・打楽器などが物語を盛り上げるのです。
オペラは、音楽や美術、演劇などの様々な芸術が舞台上で合わさっているので、「総合芸術」と呼ばれることがあります。今日はこのオペラの世界を少しだけのぞいてみましょう。


パリ・オペラ座 ステージ手前のオーケストラ・ピットがよく見えますね。


(引用:JAPAN Forbes
以前このシリーズで紹介した、ヘンデルやモーツァルト、ベートーヴェンなどの名だたる作曲家たちもオペラを書いていました。特にモーツァルトの《フィガロの結婚》や《魔笛》などは、見たことがなくてもタイトルだけは知っているという人もいるかもしれませんね。

♪ モーツァルト《フィガロの結婚》より序曲

(=オペラの最初にオーケストラが演奏する曲です)

この序曲はかなり有名で、これだけを取り出して演奏会でやることも多いので、耳なじみがある人も多いのではないでしょうか。このように、オペラを見たことがなくても実はオペラの中の曲はいくつか知っていたということはよくあるのです。
そして、実はクラシック音楽の歴史に、オペラはかなり重要なジャンルとしてからんでいます。オペラが生まれたのは1600年ごろ、バロック音楽の時代が幕を開けるのとほとんど同時期でした。逆を言えば、オペラの誕生によってバロック音楽の時代が始まったとも言え、その後数多くの作曲家たちがオペラを作り、時代と共に変化・発展していきました。オペラがヒットするというのは、当時では一流作曲家であることの証であり、多くの作曲家がオペラに意欲的に取り組んでいたのです。
今回は、ピアノ作品ではあまり知られていないけれど、オペラの世界で大活躍した作曲家たちを紹介します。紹介したい作曲家はたくさんいるのですが、今回はぐっと我慢して3人だけ…。なんと全員がイタリアの作曲家、しかもロマン派の作曲家でした。もちろんドイツやフランスなどなど各国に素敵なオペラは数多くあるのですが、その中でもとりわけイタリアではオペラが非常に重要だったのです。

ジョアキーノ・ロッシーニ/Gioachino Rossini(1792〜1868年、イタリア)


ロッシーニは、生前から非常に人気があったオペラ作曲家でした。なんとモーツァルトが亡くなったたった数ヶ月後に生まれたロッシーニは、数々の素晴らしいオペラを残したモーツァルトと同じように、たくさんの大作を書き上げていったのです。ロッシーニの歌はかなり技巧的に装飾されており、歌手にはそれを自然に美しく歌うような技術が要求されます。ロッシーニのオペラ通は、歌手の見せ場はここだぞということを分かっていて、その難しい部分を歌手が歌い終え曲が終わると会場からワッと拍手が起こるのです。
しかし、そんなロッシーニがオペラを作っていた期間はとても短いものでした。というのもロッシーニは大変な美食家で、早々に作曲家を引退して料理の道へと転身してしまったのです。現在でも、ロッシーニ風という名前がついてメニューがあるのですよ。肖像画のロッシーニがちょっとぽっちゃりしているのも……いやいやそれは言わないでおきましょう(笑)
そんなロッシーニのオペラでまず見てほしいのが、《セヴィリアの理髪師》です。物語の舞台はスペインのセヴィリア。アルマヴィーヴァ伯爵は美しい娘ロジーナに一目惚れし、なんとか彼女と結婚したいと賢い理髪師フィガロに相談を持ちかけます。このオペラは、モーツァルトのオペラ《フィガロの結婚》の前日譚としても有名です。どちらも登場人物が多めで少し複雑な物語なのですが、2つを並べて見てみるときっと面白いでしょう。

♪ 《セヴィリアの理髪師》よりアリア〈私は町の何でも屋〉/Il Barbiere di Siviglia Largo al factotum

ジュゼッペ・ヴェルディ/Giuseppe Verdi(1813〜1901年、イタリア)


ヴェルディは、「歌劇王」と呼ばれることもあるほどにオペラの世界で活躍した作曲家でした。ロッシーニの影響下から出発し、生涯を通してオペラを作曲し続け、イタリア・オペラを大成させたのです。ロッシーニの歌がなめらかで美しく細やかだとすれば、ヴェルディの歌は情熱的で美しさと荒々しさが共存していると言えるでしょう。ヴェルディのオペラでは登場人物たちはときに血が滲むかのように、思いを歌にのせて吐露するのです。
そのような作風を体現するかのように、ヴェルディのオペラのほとんどは悲劇です。《リゴレット》《椿姫》《アイーダ》など日本で親しまれている作品がたくさんあります。波瀾万丈な運命をたどる登場人物たちには、ヴェルディの劇的な音楽がぴったりなのです。また、ヴェルディのオペラには印象的な父親役がたくさん出てくるのが特徴的です。《リゴレット》では娘を想うあまりに悲劇を引き起こしてしまう父リゴレット、《椿姫》では息子を心配してヴィオレッタと引き離そうとしてしまう父ジェルモン…。決してヒーローではなくても、子供のことを考え愛し、人生の渋みのようなものを持った魅力的な父親たちです。このような父親役が多いことには、ひょっとするとヴェルディの私生活が関係しているのかもしれません。ヴェルディは病で子供を亡くしており、悲しみに暮れつつもオペラの創作を続けていました。オペラに登場する父親たちは、ヴェルディがなりたかった、しかしなることができなかった父親像なのではないでしょうか。
ヴェルディのオペラの中で今回ぜひ聴いてほしいのが、《アイーダ》の凱旋行進曲です。《アイーダ》はエジプトとエチオピア2つの国の間で引き裂かれた恋人たちの悲しい愛の物語。凱旋行進曲は、エジプト軍が勝利し国へ帰ってくるという場面で演奏されます。とても勇壮な曲で、その雰囲気を強めるために「アイーダトランペット」というヴェルディ自身が開発した特殊な楽器が使われています。きっとこの曲を聞いたことがあるという人は多いと思うのですが、それもそのはず、この凱旋行進曲は日本ではサッカーの応援歌として使われているのです。

♪ 《アイーダ》より〈凱旋行進曲〉/Aida Triumphal March

ジャコモ・プッチーニ/Giacomo Puccini(1858〜1924年、イタリア)


プッチーニのオペラの魅力は、なんといっても美しく親しみやすい旋律、そしてその叙情的な音楽によく合うドラマチックで感傷的な物語でしょう。《ラ・ボエーム》や《蝶々夫人》、《トゥーランドット》など、日本でも数多く上演される人気の高い作品がたくさんあります。ヴェルディの悲劇が情熱的で時にどろどろしているとしたら、プッチーニの悲劇は心の琴線にそっと触れてくるようなものかもしれません。プッチーニの音楽はなめらかにうねり、心のひだを美しく表現していくのです。
そんなプッチーニの私生活はというと、なかなかに波乱万象なものだったようです。新しいもの・珍しいものが大好きだったプッチーニは、当時はまだ普及していなかった自動車を手に入れると大喜びで乗り回しますが…なんと交通事故を起こして脚を骨折してしまいました。また、女性関係もかなり派手だったようで、嫉妬深い妻ともかなり衝突したとか(しかしこの妻との付き合い始めも浮気に近かったようなのでなんとも言えませんね)。このような人生を送ったからこそ、あのように人の心を繊細に扱うオペラが書けたのかも…しれません。
そんなプッチーニのオペラでおすすめしたいのが、《トゥーランドット》です。このオペラの舞台は中国。中国らしさを表現するために、中国で使われていた音階や、鐘などの特殊な楽器が音楽に取り入れられています。このように外国の音楽の特徴を取り込むという手法がプッチーニのオペラではしばしば行われており、それが独特の魅力を作り出しているのです。この《トゥーランドット》の中から、とても有名なアリア〈誰も寝てはならぬ〉を聴いてみましょう。この曲は、2006年のトリノオリンピックでフィギュアスケートの荒川静香さんが使用し金メダルを取っているので、きっと一度は聴いたことがある人が多いでしょう。

♪ 《トゥーランドット》よりアリア〈誰も寝てはならぬ〉/Turandot Nessun dorma

これら3人の作曲家は知っていたでしょうか? どのオペラもとても魅力的なので、もしもチャンスがあったらぜひ見てみてください。きっとその迫力にびっくりすると思いますよ。
さて次に、そんなオペラと鍵盤楽器の関わりをちょっと見てみましょう。

オペラのピアノ編曲

人気のオペラの中の曲は、しばしばピアノに編曲されて親しまれていました。テレビも録音技術もなかったころは、オペラは劇場に行かないと見ることができませんでした。しかし、オペラのチケットは安いものではないのでそう何回も行くことはできません。そのため、気軽にオペラの音楽を楽しみたい!という人々の希望にこたえて、オペラ作品のピアノ編曲が行われたのです。また一方で、人々によく知られた旋律を使うことになるオペラのピアノ編曲は、作曲家たちの腕の見せ所でもありました。変奏曲にしてみたり、旋律を美しく装飾したり、自分の演奏技術を見せつけるような音型にしたりと、有名な旋律をどのように面白く料理するかが大事だったのです。ロマン派の記事で紹介したヴィルトゥオーゾたちが、盛んにオペラのピアノ編曲作品を作ったのはそのためだったのでしょう。

♪ モーツァルト:《ドン・ジョバンニ》より二重唱〈お手をどうぞ〉/Don Giovanni La ci darem la mano

♪ ショパン:ラ・チ・ダレム変奏曲 変ロ長調 作品2 (モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」の『お手をどうぞ』による変奏曲)/Variations sur “La ci darem la mano” de “Don juan” de Mozart

このショパンの作品は、モーツァルトのオペラ《ドン・ジョバンニ》の中の有名な二重唱を編曲したものです。実はこの作品は、シューマンがショパンに注目したきっかけになったもので、シューマンは自分の雑誌でこの作品を褒めたたえているのです。

オペラの中で活躍した鍵盤楽器

以前バロック音楽の記事で紹介したチェンバロは、オペラの中ではよくレチタティーヴォの伴奏で使われます。さて、ここでレチタティーヴォって何?と思った人もいるでしょう。レチタティーヴォとは、歌手がセリフを語るように歌っている部分のことです。語るように歌うってどういうこと⁈と思うかもしれませんが、百聞は一見にしかず、次の動画を見てみましょう。

♪ モーツァルト《フィガロの結婚》より/Le nozze di Figaro


→最初のオーケストラが入ってから少しすると、鍵盤楽器だけの伴奏になり歌手がまるで語るような歌い方を始めます。

歌手はアリアの部分では、私たちがよくなじんでいるまさに「歌う」ということをするのですが、このレチタティーヴォの部分では「おしゃべりする」と「歌う」の中間のようなことをやっています。この語るような歌に、和音をつけて彩るのがチェンバロの役割なのです。
また、オペラではちょっと変わった鍵盤楽器が使われることもあります。例えば、鍵盤型グロッケンシュピールという楽器は、モーツァルトのオペラ《魔笛》で大活躍しています。この楽器は、鍵盤を押すと中でハンマーが金属の板を叩いて音が鳴るという仕組みで、鍵盤がついた鉄琴のような楽器だと考えると分かりやすいかもしれません。このオペラには魔法の鈴が出てくるのですが、この楽器のきらきらした魔法のような音はその鈴を表すのにうってつけなのです。

♪ モーツァルト《魔笛》より/Die Zauberflöte

モーツァルトが亡くなったあと、1886年ごろにはこの鍵盤型グロッケンシュピールと似た構造のチェレスタという楽器も開発されました。楽器のハンマーの材質が違うため、鍵盤型グロッケンシュピールはきらびやかな音が、チェレスタはくぐもった音が出ます。新しく世に出てきたチェレスタがメーカーによって製造されて普及した一方、より長い歴史を持つ鍵盤型グロッケンシュピールは楽器職人がそのときどきで好き勝手に作ったということがあり、鍵盤型グロッケンシュピールはこういう楽器なのだ!と定義することが難しいのです。そのため、よくこれらの楽器は混同されてしまうのですが、音色が違うのでどの作品でどちらの楽器を使うべきなのかは注意しないといけません。


→チェレスタ

さて、このようにオペラの世界をちょっとだけのぞいてみましたが、いかがだったでしょうか? 実は私の専門がオペラのため、つい少し長くなってしまいましたが…。今回紹介したイタリアのオペラ以外にも、ドイツやフランスなど様々な国に魅力的なオペラがたくさんあります。オーケストラと歌の音楽と思いきや、鍵盤楽器もしっかり活躍しているのが面白いところです。オペラになかなかなじみがないという人も、チャンスがあったらぜひ触れてみてもらえると嬉しいです!

小野寺 彩音

小野寺 彩音 (おのでら あやね)

岩手県出身。

東京藝術大学音楽学部楽理科を経て、同大学大学院音楽研究科音楽文化学専攻音楽学研究分野修士課程に在学中。
学部卒業時にアカンサス音楽賞を受賞。
大学院では「オペラにおける道化」についての研究を行うとともに、オペラ演出を学ぶ。

5歳からピアノを始め、現在はピアノソロ作品に加え、オペラ・アリアや歌曲、ミュージカル作品など幅広い年代の声楽作品の伴奏の研鑽を積んでいる。