全日本ピアノコンクール

伊庭直志さん

一般U55の部は、2名が同率1位に輝きました。伊庭直志さんは、現在36歳。普段は、鉄道のシステム開発を担うシステムエンジニアとして働いています。全日本ピアノコンクールには、師事する坂本真由美先生に勧められ、第1回から3回連続でエントリー。前回シード権を得たため、今回はブロック大会からの出場でした。

伊庭直志さん

伊庭さんがピアノをはじめたのは4歳のとき。「ヤマハ幼児科にはじまり、父の転勤にともない2、3年で引越すたび、両親は慣れない土地で先生を必死に探してくれて、素晴らしい先生との出会いをつくってくれました」。福岡に住んでいた小学校2年生のときに初めてコンクールに出場し、中学3年生まで毎年チャレンジしましたが、1位となるのは人生初。「大変うれしく光栄です。これまで指導してくださった先生方や応援してくれる家族や職場の皆さんに感謝するとともに、いい報告ができたことで少しは恩返しになったかなと思います」。

小学校2年生。初めての発表会

親元を離れ、長崎での寮生活がスタートした高校1年生からレッスンをお休みし、5年ほど前からレッスンを再開。4年前からはコンクールにも再挑戦してきました。「15年ほどブランクがあったので、子どものころに弾いていた曲は全然弾けなくなっていました。指はまわらないし、人前での演奏に極度に緊張してしまって。最初は惨敗でした」。こつこつと続けてきた結果、「こんな賞までいただけるほど、あのころに戻ったのか、はたまたあのころを超えたのか……」。自分自身でも、成長の手応えを感じています。

全日本ピアノコンクールには3年連続でのエントリーでしたが、年に1回出場することで、練習へのモチベーションを維持していると言います。「毎年、レパートリーを1曲増やすと決めているんです。だから、コンクールも新しい曲でチャレンジしています」。
今回演奏したのは、ドビュッシー作曲「喜びの島」。伊庭さんにとって、ドビュッシーは中学生までは弾く機会のなかった作曲家です。「印象派の時代のちょっと独特な雰囲気。子どものころに感じることと、大人になって感じることは違うと思う」。だからこそ、いまできる表現でチャレンジしたいと考えました。「坂本真由美先生は、第一線で活躍されているピアニスト。レッスンは超実践的で、人前でどのように弾いたら効果的か、とてもわかりやすく丁寧に教えてくださいます」。今回も熱心な指導で、気づかされることばかりでした。

レッスン以外は、毎日数十分ずつ、早朝や夜中に電子ピアノにヘッドホンをつけて練習しています。「電子ピアノは大学生のころにバイト代を貯めて購入したもの。グランドピアノの感覚に慣れるために、発表会やコンクールの前は妻の実家のグランドピアノで練習したり、人前で弾くことに慣れるために、休日にショッピングモールのストリートピアノで弾いたり」。電子ピアノでは表現しきれない、細やかな音、深みのある音など、微妙な音を表現することを意識しています。

伊庭さんの家族は、音楽一家です。「妻はプロのヴィオラ奏者。妻の母はヴァイオリンの先生で、7歳の長男はヴァイオリンとピアノを習っています。昨年の全日本ピアノコンクールでは、大分に住むわたしの従妹が全国大会に進出しました」。

中学3年生。ドイツ・ハンブルクにてセミナーを受講
一番左はのちに再会し結婚する奥さま

伊庭さんの人生は、音楽、ピアノと共にあります。一度お休みした期間にも、時々気分転換にピアノを弾くと、「両親や祖父母が、やっぱり直ちゃんの演奏はよかねぇと言ってくれて、うれしかった」と振り返ります。そんな伊庭さんにとってのピアノの魅力は、「いろいろな楽器をイメージして、ひとりでオーケストラのようなことができるところ。近年は室内楽に参加させてもらう機会が増えたのですが、異なる楽器との演奏は、表現の幅が広がりピアノの奥深さを改めて感じます」。

アマチュアオケの定期演奏会にチェンバロで出演

こうした経験もあって、コンチェルトを演奏したいという思いを強くしているという伊庭さん。「いつかオーケストラと一緒に弾いてみたい。コンクール入賞などの実績を積んで、自分の実力でその機会をつかみとりたいです」。さらに、「ヴァイオリンを習っている息子といつまでもいっしょに演奏したい。日に日にめきめきと上達する息子においていかれないように腕を磨かなくては」。そしてもうひとつの夢は、「ヴィオラ奏者の妻とリサイタルで共演したい。いまは相手にされないけれど(笑)、いつかおなじ舞台に立ってみたいです」。

みなとみらいホールで親子共演

「大人になってもここまでピアノを楽しめているのは、出会ってきた先生方のおかげ。人前で演奏して、聴いてくれる人にピアノっていいよねって思ってもらったり、その思いを次の世代にも引き継いでいけたりするように、これからも楽しみながら活動していきたい」。たくさんの夢を抱いて、伊庭さんの音楽にあふれる人生は、これからも続きます。

現在師事する坂本真由美先生と

 

伊庭さんがインタビューのなかで何度も口にされたのは、これまで指導を受けてきた先生方への感謝の気持ちでした。年齢を重ねて人生を振り返ってみると、ばらばらのはずだった点が、一本の線となってたしかに今につながっていることに気づかされます。それはきっと未来もおなじで、だからこそ、一つひとつの出会いを大切にしたいものです。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは6月中旬に行いました。

全国大会での伊庭直志さんの演奏はこちら