全日本ピアノコンクール

袴田実紀さん

袴田実紀さんは普段、音楽教室でピアノ講師をしています。恩師である四條佳名子先生が全日本ピアノコンクールの審査員をすると聞き、当初は生徒さんに勧めていましたが、一般プロ部門なら自分も出場できるとエントリーし、U55の部で1位に輝きました。

袴田実紀さん

コロナ禍に演奏機会を失ったピアニストは、多くいました。袴田さんもその一人です。「人前で弾くことが減って、自分に課題を課さないと、どんどん衰えていく気がして。久しぶりのコンクールでした。さらに、いままでちゃんと1位をいただいたことはなかったので、素直に嬉しいです」。学生時代はよくコンクールに出場していましたが、優勝経験はありませんでした。
全国大会から1週間後、結果発表のときは仕事中だったため自分で確認することができず、お母さんからのLINEで知ったと言います。「その瞬間は、よかった〜とホッとしました」と袴田さん。審査員からは、魅力的で説得力のある演奏が評価されました。「全国大会では、大学時代の恩師である倉沢仁子先生にも久しぶりに演奏を聴いていただくことができて、嬉しかった」と振り返ります。

袴田さんがピアノをはじめたのは、4歳のとき。音楽好きのお父さんがヤマハに通わせたのがきっかけでした。「レッスンは、ピアノをすこしと、エレクトーンのアンサンブル。グループレッスンは楽しかったけれど、もうすこしピアノで難しいのが弾きたい、と親に言ったらしくて(笑)。もっとちゃんとピアノがやりたかったのかな」。その後ピアノ一本に絞り、小学校4年生からはコンクールにも挑戦しはじめました。

そして中学3年生のときに、四條佳名子先生と出会います。「はじめて会った日、レッスン中に弾いてくださった音に感動して。わたしは、四條先生の音がすごく好きなんです」。
この出会いがきっかけとなり、袴田さんは音楽の道に進むことを決めます。神奈川県立弥栄東高等学校(現・県立相模原弥栄高等学校)音楽コースに進学後、東京音楽大学ピアノ演奏家コースを経て、同大学大学院音楽研究科修士課程器楽専攻鍵盤楽器研究領域(ピアノ)を修了。現在は講師として、未就学児から大人まで50人ほどの生徒にピアノを教えています。週5日、びっしりレッスンが入っている毎日です。

その合間をぬって自分自身の練習をします。「いまは、学生時代のようにまとまった練習時間を確保するのが難しいので、隙間を利用しています」。平日は午後から仕事のことが多いため、午前中やレッスンの空き時間に弾いています。「結婚するまではずっと実家に住んでいたから自由に時間が使えたけれど、いまは結婚して家事もあるし、仕事もあるし……」。生活環境の変化に伴って、簡単に時間の調整はできなくなってきました。

忙しい日々ですが、上手に気分転換もしています。「デパートのキラキラ感が好きで、学生時代はデパートの中を通って帰宅していました。何も買わなくても、ただ歩くだけで楽しい気分になれるから。いまは仕事帰りに寄るスーパーでも同じような気分になれちゃうんです」と袴田さん。美味しいものを食べたり、友人と話したり。友人のなかには、自身の演奏活動と指導者としての仕事を両立させている人が多く、いつも刺激をもらっています。

一方、コンクールへの出場は、学生時代でいったん終わりという感じだったと言います。「人に聴いてもらうための練習は、また違うもの。練習の段階で危ないところがあったら、本番ではうまくいかない。客観的にどう聴かれているか、細かいところまで曲を突き詰めようとする気持ちも強くなるから、気を遣って、時間を使って……」。だからこそ、社会人になってからはなかなかチャレンジできずにいました。そのため今回は、コンクールの数日前から仕事の休みを取り、出来るだけピアノに向き合えるようにしました。

とはいえ袴田さんは、「ピアノを弾くこと自体は好きなのですが、練習が好きかというと、正直あまり……笑」。練習しなければ弾けるようにはならないし、練習したからといって弾けるようになるとは限りません。大事にしたいのは質ですが、「学生時代は練習量を精神的な支えにしていたので、がむしゃらに練習していました。練習との付き合いかたは、一生模索していかないと」。

これまで辞めようと思ったこともありましたが、それでも続けてきたのは、四條先生との出会いが大きかったと言います。そして、小さなころは自分の気持ちを言葉で伝えるのが得意ではなかった袴田さんにとって、「話をしなくても、ピアノを弾くことで思いを伝えられるところがしっくりきたのかな」。また、弾く人によっていろいろな音が出るところも、ピアノの魅力だと感じています。

四條佳名子先生と連弾

現在は、教える立場にある袴田さん。「最近は、自宅での練習のときにあまり大きな音を出せない生徒さんも多いです。だから、ヘッドホンを使って小さな音で練習したりしている。よく聴かないと弾けないはずなんだけれど、聴くことに対してこだわりのない子が多いような気がします。それでも、これとこれはどっちがきれいな音?とたずねるとちゃんとわかっているし、きれいな音を出してみよう!と言うと、興味を持って取り組んでくれるので、それを繰り返していくといいのかな」。ひとりでも多くの人にピアノの魅力を知ってほしい、そんな思いで指導にあたっています。

もちろん、自分自身の勉強も続けていきたいと考えています。「曲のレパートリーを増やして、レッスンにも通いたいし、いつかオーケストラとコンチェルトも弾いてみたいし、ソロリサイタルもやってみたい」。ソロリサイタルは未経験の袴田さん。実現のためには、「勇気と覚悟がいります(笑)」。曲数を考えたり、プログラムを組んだり、お客さんを集めたり。やってみたいけれど、いまだ踏み出せずにいる夢のひとつです。「でも、あたりまえだけれど、いまが一番若い。だから、いまのうちにやらないといけないなと」。今回のコンクールでも刺激を受けました。「ベテランの皆さんが弾くのを見て、もっと頑張らなくちゃって。すごいなって思いました」。日々の生活と、夢への想い。どちらも大切にしながら、袴田さんがピアノと向き合う日々は続きます。

夢はソロリサイタル

 

夢への一歩は、このさきの人生で一番若い今、踏み出すべき。日常の生活を送ることの大切さもわかっているからこそ、夢への想いとのバランスを取ることは年々難しくなっていきますが、どんなことも、一歩を踏み出すのに遅いということはないのだと思わされる言葉でした。袴田さんのソロリサイタル開催、楽しみです。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは3月下旬に行いました。

全国大会での袴田実紀さんの演奏はこちら