全日本ピアノコンクール

G級藤村瑛亮さん

1位2位ともに、8人の審査員全員が9点台の高得点評価となったG級(一般)。そんなハイレベルな演奏で1位に輝いたのは、藤村瑛亮さん。前回大会では大学生部門で1位となり、2年連続で頂点を極めました。
現在は、昨年春に修士課程を修了した東京音楽大学で、演奏研究員として働いています。この1年で学生から社会人へと立場を変えましたが、さわやかな雰囲気は変わらず、自然体で話をしてくれました。

藤村瑛亮さん

「リスクはあるけれど、安定した演奏ができれば、いいインパクトを与えられる」。そう考え、前回大会よりも難易度が高い曲を選んだ藤村さん。自身が得意とするシマノフスキの作品です。大学院でも演奏と研究を重ねてきた作曲家。2回目のエントリーとなる今回は、演奏時間も考慮しながら、どんな曲がいいか、どんな組み合わせがいいか、昨年以上にプログラムを練ったと言います。
いわばディフェンディングチャンピオン。シード権はあっても、必ず1位になれるわけではないという緊張感の中で、結果を見て「驚きとともにほっとしました」と率直な気持ちを聞かせてくれました。

今回の全国大会は、ホールでの演奏でした。これは、前回大会から変更したフォーマットの一つです。藤村さんは、全国各地で演奏経験がありますが、会場となったホールでは演奏したことがありませんでした。「客席で、自分より前の出場者の演奏を聴いたら、響きがよくて素晴らしい音響のホールだなあと感じました。それで、自分の本番を気分よく迎えられたんです」。藤村さんが演奏したのは、“音響に左右されやすい”曲。ホールによっては良さが伝わりにくいため「この会場だったことが、追い風になった」と振り返ります。

昨年のインタビューで藤村さんは、シマノフスキを「自分の体に馴染む作曲家」と表現してくれました。今回演奏した「メトープ」は、しばらくの間コンクールやコンサートでは演奏していませんでしたが、時間をおいたことで、藤村さんにとって「馴染む一曲」になっていました。年齢や経験を重ねることで、体つきはもちろん、弾きかたや曲に対する解釈も変化していきます。そして、弾き込めば弾き込むほど馴染んでいくものです。演奏したそのときは精一杯の表現をしたはずですが、それはあくまでそのときの限界。過去に同じ曲を演奏した動画を見返すと、「今のほうが深みが増している」と自分でも感じられて、成長を確かめることができると言います。
そして「シマノフスキもそうだし、ロマン派の作品など、経験を積んで人間的に深みが出ることで演奏にいい影響が出る曲は多いと思うので、ピアノだけでなくもっといろいろな経験をしたい」と思っています。

昨年春に大学院修了

昨年から、母校で演奏研究員として働く藤村さん。主に声楽の授業で伴奏を担当し、授業の補助をしています。社会人として仕事をしながらピアノに向き合う日々ですが、それは、思ったより簡単なことではありませんでした。授業で伴奏する曲はもちろん、自分自身のレッスンで取り組む曲もさらわなくてはなりません。さらに、この1年の間にも数本のコンクールにエントリーし、コンサートにも出演しました。舞台に立つ以上は、相応のクオリティで演奏をしないといけない。当然、その準備のためには時間が必要です。でも、時間は限られている……。例えば、あまり譜読みに時間を割けない中で、どれだけ早く自分のものにできるか。練習の組み立てをし、少ない時間に深く集中するため、終わるとぐったりすることも。

でもそれは、「弾けない辛さ」ほどではありません。藤村さんは、大学院への進学直前に腱鞘炎になり、演奏できなかった時期がありました。手のひらに注射を打って強い痛みに耐えながら、大学院最初の春を過ごしました。カバンを背負うことも、割り箸の袋を破くこともままならず、周りの人に助けてもらう日々。もちろんピアノも弾けません。幼い頃からずっと弾き続け、“ピアノのない生活”を経験したことがなかった藤村さんにとって、それは異質な毎日でした。それでも家族や友人をはじめ、たくさんの人に支えられて治療を続け、なんとか完治できたことは、忘れることができません。

小学生のころ

だからこそいまは「たとえ舞台に立てなくなっても、演奏することが仕事としてできなくても、弾けるということそれ自体がかけがえのないことで、続けられる限り弾き続けたい」と思っています。自由気ままにやりたいことができた学生時代とは違い、立場が変わって見えてきた現実ともしっかり向き合いながら、ピアノを細く長く続けていくことが、いまの目標です。

学生時代の仲間は大切な存在

こちらの不具合でインタビューの開始時間が大幅に遅れたにもかかわらず、ひとつひとつの質問に丁寧に答えてくれた藤村さん。授業に立ちあい学生と身近に接していると、「時間のある今のうちになんでもやって、いろいろなことに挑戦して楽しんでほしい」と思うそうです。ご自身の経験に基づくからこそ、発せられる言葉には説得力があります。そしてこれから先、長く、藤村さんのシマノフスキが聴ける機会があるのだと思うと、楽しみでしかたありません。

※文中の学年・年齢は、エントリー時のものです。
※インタビューは2月下旬に行いました。

前回大会の藤村さんのインタビューはこちら
今大会全国大会での藤村さんの演奏はこちら